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11. 仕事始め

「明けましておめでとうございまーす!」

 WIZM企画の社内に、そんな声が各所で響き渡る。今日は新年明けての正式な仕事始めである。

「おはよう」

 社員たちが着々と出勤する中で、鷹緒もやってきた。

「おはよう。明けましておめでとうございます」

 そう言いながら饅頭の箱を差し出したのは、副社長の理恵である。

「おめでとう。今年もよろしく」

「こちらこそ」

 饅頭を掴みながら、鷹緒は少し驚いたように理恵を見つめた。

「なに、実家に帰ったの?」

 土産物の饅頭を見て、鷹緒が尋ねる。理恵は苦笑しながら頷いた。

「うん。ちょっとお母さんの具合が良くなくて、久しぶりに……」

「そうなんだ?」

「あ、でも心配しなくて大丈夫。ただの疲れで短期入院しただけだから。でも久々に帰って、少し拍子抜けしちゃった。勘当同然だったのに、恵美の顔見た途端、お父さんの顔も緩んじゃって」

 家族とうまくいっていないのは、理恵も同じである。猛反対を押し切って家を飛び出し、十代でモデルの世界に入った理恵は、法事など止むを得ない場合以外はほとんど帰っていない。

 少し肩の荷が下りた様子の理恵を見て、鷹緒も微笑んだ。

「よかったじゃん。でもお義母さん、心配だな」

 離婚したとはいえ、鷹緒も理恵の母親とは何度か会っている。ある意味、理恵より打ち解けている部分もある義母だったため、あまり他人事ではない。

「本当に大丈夫よ。実家も遠くはないんだし、いつでも帰れるから」

 それを聞いて鷹緒は頷いた。これを機に、理恵が家族と和解出来ればと思ったが、それを自分に重ねて、それ以上考えるのはやめた。

「何かあったら言えよ」

 そう言って、鷹緒は自分の席へと向かっていく。

「おはようございます、鷹緒さん。先日の初日の出写真、現像しました?」

 興奮したようにそう声を掛けたのは、隣の席である弟分の俊二だ。先日、一緒に初日の出の写真を撮りに行ったが、二人のカメラマンが撮った写真は、どちらかが来年のカレンダーを飾ることになる。

「したよ」

「僕もです」

「なに? 相当自信作みたいだな」

「はい。前回も僕の写真が一月を飾りましたけど、それは鷹緒さんが日本にいなかったからで……今年は正々堂々と勝負出来ますから」

 真剣な様子の俊二に、鷹緒も軽く微笑んだ。着実に力をつけてきている後輩に怯えがないわけではないが、育ってきているのが素直に嬉しくも感じる。

「じゃあ貼り出すか。みんなに決めてもらえばいいんじゃん?」

 軽い感じで言う鷹緒に、俊二は大きく頷いた。

「はい。お願いします!」

 いつになく闘志に燃えている俊二を見て、鷹緒は首を傾げる。

「……なんかあるのか?」

「実は……」

 俊二は重い口を開き、鷹緒の耳元で小声を発する。

「もし鷹緒さんに勝ったら、牧ちゃんにプロポーズしようかと思って……」

 事務員の牧と俊二は、公言こそしていないものの、付き合い始めて数年になる。それを聞いて、鷹緒は目を見開いた。

「バカ、おまえ! そんな重要なこと、そんなことで決めんなよ……」

「でも、そうでもしないと自信持てないんです。彼女のほうが年上だし、いいきっかけになるかと思って……」

 急に自信なさ気になった俊二に、鷹緒は溜息をつく。

「……じゃあまあ、これが俺の」

 そう言って、鷹緒は抱えていたキャリングケースから、大判の写真を取り出した。それを見て、俊二は言葉を失う。

「名前伏せて貼り出せばいいよ」

「やっぱ……いいです」

 急に戦意喪失した様子の俊二を見て、鷹緒は顔を顰める。

「ああ? なんだよ、急に……」

「……粋がってたって、思い知らされた感じなんで」

 まるで鷹緒に敵わないような口ぶりの俊二に、鷹緒は口を曲げて俊二の写真を手に取った。同じ海岸から撮った初日の出の写真だが、構図も雰囲気もまるで違う。しかし、俊二本人が言うほど歴然とした差はなく、今まで自信たっぷりだったのが頷ける写真である。

「なんで? いい写真じゃん」

「そんなの鷹緒さんに言われたって、惨めなだけですよ……」

「馬鹿馬鹿しい。こんなの人によって好き嫌い分かれるだろ」

 鷹緒は自分と俊二の写真を二枚とも持って、受付へと歩いていった。

「おい、牧」

「ちょっと、鷹緒さん……」

 牧を呼ぶ鷹緒に驚きながら、俊二もその後をついていく。牧は不思議そうに首を傾げて、二人を見つめた。

「なんですか?」

「おまえ、どっちの写真が好き?」

 突然、二枚の写真を見せながら言う鷹緒だが、写真選びでよく聞かれることでもあるため、牧は素直に考える。

「あ、この間の初日の出の写真ですか? うーん。どっちも綺麗ですけど、敢えて言うならこっちかな?」

 牧が選んだのは鷹緒の写真である。鷹緒の後ろで、俊二は愕然と肩を落とす。

「でも個人的には、こっちのほうが好きです」

 続けて牧はそう言いながら、俊二の写真を取った。それを聞いて、鷹緒はにやりと笑って頷く。

「理由は?」

 そんな鷹緒の質問に、牧も微笑んだ。

「そっちは鷹緒さんの写真でしょう? 大衆性があるっていうか、一般的に商品化を考えたりマスコミが選ぶのはそっちだと思うんですけど、こっちはなんというか、まだ粗削りで味があるから。ずっと眺めていたいのはこっちです。一応、彼氏の写真ですしね」

「貴重なご意見ありがとう」

 牧の答えに満足げに頷きながら、鷹緒は二枚の写真を受け取る。そして俊二の背中を叩いて、自分の席へと戻っていった。

 目が合った俊二に、牧は苦笑する。

「何かのゲーム?」

「な、なんでわかったの? どっちが僕の写真かって……」

「私を見くびってもらっちゃ困るなあ。鷹緒さんや俊二君のクセはわかってるくらい目が肥えてますから。でも本当に甲乙つけがたいくらいどっちもいい写真だから、落ち込まないで大丈夫よ」

「牧ちゃん。僕……」

「みんな! 明けましておめでとう!」

 その時、社長の広樹が大声で出勤してきたので、社員一同は笑って出迎える。それに遮られて、俊二もタイミングを失って苦笑いした。

「俊二君?」

「あ、うん」

「何か言いかけなかった?」

「ううん、なんでもないんだ。褒めてくれてありがとう。じゃあまた……」

 席に戻っていく俊二を、牧は不思議に思いながらも、それ以上は気に留めずに仕事に戻った。

 自分の席から一部始終を見ていた鷹緒は、隣の席に戻ってきた俊二に苦笑する。

「まあ、チャンスなんていつでもあるだろ」

 慰めのつもりだったが、俊二は落ち込んで言葉も出ないようだ。それは自分の写真が選ばれなかったこと、すでに牧にはどちらの写真が自分のものかわかってしまっていたこと、褒め言葉も慰めにしか聞こえなかったこと、そしてタイミングを失って何も言えなかった自己嫌悪もある。

「はあ……鷹緒さん。プロポーズって、いつどこでどうやってしたんですか?」

 突然の言葉に、鷹緒は顔を顰める。

「はあ?」

「僕がヘタレなのはわかってますよ。彼女のが年上だし、何やっても子供扱いっていうか……」

「おまえな、年とか関係ないだろ。卑屈になんなよ」

「それは今の彼女も、鷹緒さんのが年上だから言えるんですよ」

 すっかり意気消沈した俊二に、鷹緒は苦笑して煙草を咥える。とはいえ、完全禁煙の社内では火も点けられない。

「じゃあ何。俺はおまえに何してやったらいいわけ? 来年のカレンダーの表紙がおまえの写真で飾られればプロポーズするってんなら、この場でこれシュレッダーにかけてもいいけど?」

 すでに自分の写真を破ろうとしている鷹緒に、俊二は口を曲げる。

「そんなの僕の勝ちにはならないじゃないですか。なんかこう……僕もやる時はやるんだぞっていうところを、彼女にも見せたかったんですけど……」

「ったく、新年早々、鬱陶しいやつだな……」

 そう言いながらも軽く微笑むと、鷹緒は鞄の中から封筒を出して、俊二に差し出した。

「……なんですか?」

「豪華ディナークルーズの招待券」

「え?」

「取引先からお年賀でもらったんだよ。沙織と行こうと思ってたけど、おまえにやるよ」

 それを聞いて、俊二は目を見開いた。

「い、いやいやいや! いいです。僕なんてそんなの似合わないし、沙織ちゃんにも悪いし……」

「べつに行きたきゃ自分で連れて行くし。一世一代の大勝負に招待券ってのもアレだけど、言わなきゃバレないし、時にはキメてやれよ」

「……いいんですか?」

「ああ。どうせ俺、そんなの連れて行ける時間ないし」

「あ……ありがとうございます!」

 やっと笑顔に戻った俊二を見て、鷹緒も安堵の溜息を漏らす。

「うまくいったら、呑み代奢れよ」

「はい、もちろん! あ、じゃあ……もしうまくいかなかったら奢ってくださいよ」

「ハハ。馬鹿言うなよ……でも、あんま背伸びすんなよ。だいたい牧はそういうタイプじゃないだろ」

 鷹緒のほうが牧と付き合いが長いため、俊二は一瞬、鷹緒に嫉妬した。しかしそれが無意味であることも理解して、静かに口を開く。

「……今度、人生相談乗ってください」

「相手間違えてない? そういうのは、成功したやつに聞けよ」

「僕は成功も失敗も、チャレンジすらしたことないんで」

 真剣な様子の俊二に、鷹緒は苦笑して立ち上がった。

「まあいいけど。あんま考えすぎて空回りしないようにしろよな」

 そのまま鷹緒は喫煙室へと向かっていく。俊二に言った言葉が、自分自身に跳ね返ってくるようだった。

「ほんと、人の人生相談なんて乗ってる場合じゃないんだけど……」

 そう言いながらも、俊二の勝負に少しわくわくした感覚もあり、鷹緒は喫煙室の椅子に座ると、外を眺めて微笑した。

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