138. 玲央の気持ち
とある撮影スタジオの喫煙所に鷹緒が駆け込むと、そこには自社の所属モデルである玲央がいた。
「おつかれさまです」
そう言った玲央に、鷹緒は頷く。
「おつかれ。玲央も煙草吸うんだな」
「最近多くなってきたかも」
「なんかストレスでも抱えてんの?」
苦笑しながら煙草に火をつける鷹緒は、そう言って玲央の隣に立った。
「あの……ホセのこと、すみませんでした。俺が弟分として可愛がってたから、麻衣子のことも傷つけて、沙織にも心配かけちゃったと思うし……」
最近、ホセのモラルハラスメントが発覚し、事務所命令で別れさせられた麻衣子とホセだが、そんな二人の後押しをしたとして、玲央がすまなそうに言う。
「べつに……玲央が悪いわけじゃないだろ」
「でも、くっつけようとしたのは俺だし……」
しおらしい態度の玲央を見て、鷹緒は苦笑したまま灰皿に煙草の灰を落とした。
「男女のことなんて、他人が口出すとロクなことにならないよ。反省はそのくらいにして、放っておけばいいと思うよ。だいたい後押ししたからって、付き合うって決めたのは麻衣子なんだし……聞けば、言われる前に気になってたらしいし……」
「そんなもんですかね……」
「それより、ホセは大丈夫なのか? 最近、撮影でも見かけなくなったけど」
鷹緒の問いかけに、玲央は大きく頷いた。
「あいつ、言ってもまだ高校生ですからね……モデルを辞めるまではいかないと思うけど、もともと好きでやってたわけでもなさそうだし、どうかな……」
「まあ、フォローしてやってよ」
「はい。しかし、諸星さんの恋愛論を聞けたようで嬉しいです」
「は?」
突拍子もない玲央の言葉に、鷹緒は首を傾げる。
「他人の恋愛に口出すと良くないって……」
「一般論だろ。他人の意見で左右されるもんでもないし……」
この手の話題に慣れないように、鷹緒は早々に煙草を消して歩き出した。
「あ、諸星さん。もう一個だけ……」
「ん?」
「他人の意見で左右されるもんじゃないとはわかってますけど……アドバイスくれませんか。俺、もう一回、沙織に告白しようと思ってて……」
それを聞いて、鷹緒は目を伏せる。
「……俺に恋愛のアドバイスなんて出来ないよ」
「でも、いろんな恋愛を経験してそうじゃないですか」
「そんなことはないけど……結局は決めるのは自分だろ。おまえが告白したいのなら、そうすればいいんじゃねえの?」
「仮にも親戚の子でしょう? 心配するかなと思って」
まるで試すような言い方をする玲央に、鷹緒は苦笑した。
「じゃあ俺が駄目って言ったら、告白しないのかよ」
「それは……」
「おまえが言ってることはそういうことだろ。べつに告白したければすればいいんじゃないの」
「……すみません。まだ勇気が出なくて……告白して壊れるくらいなら、友達のままでもいいかなとも思ってしまって、諸星さんが後押ししてくれたら言えるかなって……そうでなくとも、いつかもう一度真剣に伝えようとは思っています」
すっかり意気消沈した玲央に、鷹緒は溜息をつく。
「……羨ましいよ」
「え?」
「自分の気持ち押しつけるくらい、好きだ嫌いだとか簡単に言えたらいいよな……まあ俺くらいまでこじらせると、言わなさすぎて失敗するから、おまえも気をつけな」
それ以上は受け付けないと言った様子で、鷹緒は足早に喫煙室のドアを開ける。
そのままの勢いで出ていこうとする鷹緒だが、すぐに足を止めて振り向いた。
「言い忘れてた」
「え?」
「心配はするよ。特に沙織のことは……あんまり困らせないでやって」
本音を吐露したように、だがその後の表情は見せないまま、鷹緒はすぐに喫煙室から去っていった。
玲央は自分を恥じるように、溜息をついてカウンター式の灰皿卓に身を伏せた。
「はあ……敵わないな」
一人で絶望したような玲央と同じく、喫煙室を出て行った鷹緒も、後悔に眉を顰めた。
「はあ……余計なこと言ったな」
かくして同じ女性を好きになった二人の男は、それぞれのフィールドで思い悩んでいた。