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137. 春風

 新緑の季節。WIZM企画のオフィス内に、春風が吹き抜ける。途端に書類が舞いそうになり、女性社員の悲鳴が聞こえた。

「キャー! もう、鷹緒さん! 窓閉めてくださいよ」

 遠くから牧の声が聞こえて、窓際にいた鷹緒はすかさず窓を閉めた。

「悪い、悪い。風が気持ちよかったから」

「気候もちょうど良いのわかりますけど、室内に春の嵐は困ります。大事な書類もあるんですから」

「ヘイヘイ……」

 その時、オフィスのドアが開いて、再び室内に風が吹き抜けた。

「ああ! 今日はもう、廊下から何から全部の窓閉めなくちゃ!」

 慌ててオフィス外の廊下に出ていく牧を尻目に、それを遠くで聞いていた広樹もまた、社長室の窓をそっと閉めたのを見て、鷹緒はくすりと笑っている。

 そんな鷹緒の横に、すっと沙織が立った。

「なんか悪いことしちゃったみたい?」

 オフィスに入ってきたのが沙織だと気付いて、鷹緒はふっと笑う。

「いや? そんなこと言ったら、誰も社内に出入り出来ないよ。それより撮影終わったのか?」

「うん。メッセージ送ったんだけど……」

「ああ、ごめん。気付かなかった」

「そうだと思いました」

 そう言いながらも焦ることのない二人は、ここで落ち合う約束をしていたからである。

 苦笑する沙織の背中に触れると、鷹緒はそのまま歩き出した。

「じゃ、行くか」

「え、もういいの? 仕事は?」

「終わり」

 颯爽と出ていく鷹緒についてオフィスの外へ出ると、廊下の窓を閉め終わった様子の牧とすれ違った。

「鷹緒さん、沙織ちゃん。お疲れ様です」

「おう、じゃあ帰るから」

「はい。あ、明日は朝から会議ですから、ちゃんと定時に来てくださいよ」

「わかってるよ。じゃあ、お先」

 牧と会話を交わして、鷹緒はエレベーターへと乗り込む。そんな鷹緒を、沙織は不思議そうに見つめていた。

「本当に、仕事終わったの?」

「うん。だから連絡したんだろ」

 鷹緒もまた、不思議そうに首を傾げる。

 今日は鷹緒が突然、沙織を呼び出したことで、今こうして会っていることになる。

「だって連絡もらったの、午前中だよ? 撮影終わったら事務所寄ってって。ごはん食べようって」

「その通りだけど?」

「それにしたって、連絡もらってから結構経ってるよ?」

「あのなあ。俺だって仕事がない日だってあるんだよ」

「そうかもしれないけど……」

「なに。突然会うの、嬉しくなかった?」

 意地悪そうに見つめる鷹緒だが、沙織は赤くなりそうな頬を押さえて、エレベーターの扉が開くなり、鷹緒より早く飛び出した。

「嬉しいに決まってるじゃん!」

 誰もいないエレベーターホールで、沙織が突然振り向いてそう言ったので、今度は鷹緒のほうが嬉しさに顔を赤らめてしまった。

「おまえな……」

「突然だって何だっていいよ。少しでも会えるなら、これからもちゃんと連絡ちょうだいね?」

 そう続けた沙織に気付かれないよう、鷹緒は天を仰いで微笑んだ。

(可愛すぎるだろ……)

 心の中で呟く鷹緒だが、沙織にとっては無言のままで表情すらわからない。

「……ダメ?」

「ああ、もう!」

 駄目押しされて、鷹緒は観念するように沙織を見つめる。沙織の目には、真っ赤になった鷹緒の顔が映り、それを見て自らも顔を赤らめた。

「え……えっ?」

「もういいから、行くぞ」

「う、うん……」

 沙織も照れるように俯きながら、鷹緒の後を歩いていく。

「今日はゆっくりしたいから……家で宅配取るとかでもいいか?」

 鷹緒の言葉に、沙織は勢いよく頷く。家でゆっくりということも、この頃はほとんど出来ないほど、二人のスケジュールが合うことはなかなかない。

「もちろん。でも、そうしたら家で待っててくれてもよかったのに……」

「べつに必要な仕事は終わってても、会社にいればやれる仕事はあるから」

「そっか」

 仕事人間のところは変わらない鷹緒だが、こうして恋人として隣同士で歩くことを、沙織は何度重ねても慣れないでいる。それは心地悪さではなく、ただ毎回が新鮮なのだ。

 車に乗り込むなり煙草に火をつける鷹緒を尻目に、沙織は車の窓を開けて、風が遊ぶ髪を束ねるようにかき上げる。

「風が気持ちいいね」

 そう言った沙織に微笑んで、鷹緒は車を走らせた。

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― 新着の感想 ―
[一言] お互いに赤い顔をしているのが、何とも微笑ましいですね。 何事もない日常が貴重な二人がとても幸せそうで、こちらまで嬉しくなりました。
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