136. あの頃の気持ち
→ FLASH本編 No.72「二次審査」、No.81「差し入れ」より リンク
深夜の地下スタジオに、煙草の煙が漂う。
目の前のパソコンには、先程終了したシンデレラコンテストのカメラテストで行われた少女たちの写真がサムネイルで表示されており、その中の一つをダブルクリックすると、見慣れた顔がモニターに映し出された。沙織である。
改めて見てもよく撮れていると思い、鷹緒は優しい目をして加工を始めた。
『鷹緒さん。あのね、シンコンが終わったら、聞いてほしいことがあるの……』
『私、シンコン頑張るからね。ちゃんと見ててね』
以前聞いた沙織の言葉を思い出して、鷹緒は手を止めた。
沙織がシンデレラコンテストに出場することになってからというもの、鷹緒の周りも目まぐるしく変化していた。なによりほとんどの人に知らせていない渡米の予定もあり、今まで以上の仕事量が襲う。事務所へ引き継ぐためにも、いろいろ綺麗に終わらせたいと思ってのことだ。
そんな中で、沙織の遠回しの告白とも取れる言葉に、鷹緒の心は揺れていた。
まだ女子高生の沙織。同年代のモデルから、冗談に似た憧れのような告白はしょっちゅう受けるが、沙織の存在は最初から誰とも違う。それは沙織が親戚であることに他ならず、家族ごと知っている鷹緒にとって、誰より大切にしなければならない存在でもあるからだと潜在意識にある。
「聞いてほしいこと、か……」
それが愛の告白などではなく、思い上がりの勘違いで、突拍子もないことであればいいと思った。そうでなければ困るとも思ったのは、目の前で笑っている沙織の写真が、明らかに自分に向けられた最高の笑顔であることを悟っている。
「ふう……」
鷹緒は一息をつくと、無理に仕事の頭へと切り替えて、沙織の写真の加工を始める。しかし、その細かな部分に触れれば触れるほど、無意識に隠した沙織への思いが溢れ出しそうだった。
気分転換に古びたCDプレイヤーに手を伸ばすと、入っていた音楽を流し、煙草に火をつけた。悪気なく無邪気に愛だ恋だと歌われる歌に、まったく相容れずにまた仕事を続けてみる。
いっそ自分の気持ちを偽って、誰かを好きだと声にしてみたら、この思いは溢れ出すだろうか……そう思った瞬間に、自分の過去から思い描く未来まで急速に凍っていくのがイメージされた。
自分に言い寄る人間はいたとしても、交差してはすり抜けていく。結局残ったものがなんなのかと考えた時に、鷹緒は自分が独りきりであり、それがすべて自分のせいだということを痛感して目を閉じた。