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134. ワンマンだけど優しい上司

 夜八時を過ぎたWIZM企画事務所は、企画部に万里がおり、モデル部は数名が残っている。社長室も明かりが灯っており、広樹がいるようだ。

 そんな中で、鷹緒が戻ってきた。

「おかえりなさい。鷹緒さん……」

「おう。おまえ一人? どうした?」

 言いながら自分のデスクを確認し、鷹緒は抱えていたノートパソコンに電源を入れる。

「昨日の会議で、部長から却下された案件を直してます……」

「駅前開発の? おまえ一人の案件じゃないんだから、俺にも振れよ」

「いえ、それぞれ振らせていただいてて、皆さんは着実にやってくださっているので……」

 そう言う万里の顔は浮かない。慣れないビッグプロジェクトで、重圧があるようだ。

「一人で背負うのは違うぞ? 特にこれはヘマ出来ないくらいビッグプロジェクトだし……」

「鷹緒さん。これ以上プレッシャーかけないでくださいよ!」

 やっと本音が出た様子の万里に、鷹緒は笑った。

「だからプレッシャーに思うくらいなら、バンバン人に振れって言ってんの。そもそも彰良さんだって、おまえを潰そうとしてるわけじゃないんだから……」

 言いながら、鷹緒は椅子のキャスターで華麗に万里の隣へとやってくると、万里の手元を覗いた。

「企画案から詰めてんのかよ。よっぽど煮詰まってるな」

「なんでわかるんですか」

「アホか。企画なんてもう通ってるんだから、そこいじったってしょうがないだろ。昨日の彰良さんが却下したのは、企画内容の具体化修正。個別案件出してみな」

 畳みかけるように言われ、万里は焦りながら書類を探る。

「えっと……あれ? れれ?」

「ああ、これか」

 鷹緒のほうが先に見つけ、数枚の書類を並べる。

「じゃあ、おまえはこれとこれ、あとこの企画をまとめる。あと机の前に座ってても何も出来ないことだってあるんだから、適度に動いたほうがいいぞ。彰良さんの締切は明日の午前中までだろ。あとは俺が預かるから、とっとと帰れ」

「は、はい……」

「俺は他の仕事も溜まってるから喫煙室でやってるから。じゃあな」

 有無も言わさぬ勢いで、鷹緒はノートパソコンを抱えて喫煙室へと出ていった。

「はあ……」

 残された万里が溜息をつくと、モデル部の琴美と結衣香が笑う。

「いいなあ、企画部は。私、諸星さんにあんな至近距離で仕事指示されたらドキドキして手につかなくなっちゃう!」

 結衣香の言葉に、万里は首を振る。

「いや、私もドキドキしましたよ……でも、なんでも手伝ってくれちゃうから申し訳なくて……」

「それってノロケ? とはいえ、うちの部は副社長がやってくれちゃうけど……」

 その時、奥から広樹がやって来た。

「おつかれさま……みんなまだ終わらなそうなんだ?」

「我々は遅番なので、そろそろ終わります。今日は外回り組もいないですしね」

 そう言ったのは、結衣香と琴美だ。

「じゃあもう僕も終わるし、みんな帰っていいよ」

「いいんですか? じゃあ失礼します」

 モデル部の二人は早々に支度をすると、会社を後にした。

「万里ちゃんは? まだ終われないの?」

 動こうとしない万里に、広樹が首を傾げる。

「私は……ちょっと企画書直してて」

「ああ、彰良さんからの宿題か。まあ社内修正だから、そんなに根詰めなくても……」

「はい。鷹緒さんもそんな感じで、いくつか仕事引き受けてくださって……」

「ええ? あいつ、他の締切間際なのに?」

 その言葉に、万里は俯く。

「なんか情けないです……自分の仕事も満足に出来なくて」

 そう言った万里の肩を、広樹が軽く叩いた。

「あ、ごめん! 元気づけようとしただけで、セクハラじゃないから!」

「いえ、そんなこと思ってないですよ……」

「よかった。でも、あいつが凡人じゃないだけで、万里ちゃんが気に病むことはないんだよ」

 広樹はそう言いながら、万里と鷹緒の机の間にある俊二の席へと座る。

「そりゃあ、鷹緒さんは天才だと思ってます。写真だけじゃなくて、企画部の先輩としても頼りがいあるし」

「あいつの弱点は、ワンマンなところだから……それに振り回されて欲しくないんだよな。あいつもわかってるはずなのに手を出しちゃうんだもんな」

 苦笑する広樹は、隣の席に鷹緒の荷物があるのを目にして、出入口を見つめる。

「あいつ、まだ残ってるの?」

「はい。喫煙室にいらっしゃるかと」

「そう。まあとにかく、あんまり気負わないで。彰良さんは、万里ちゃんが出来ると思って仕事を振ったわけだし、それよりも多い量を与えたのも事実だよ。なんて……こんなことも言ったら意味なくなっちゃうけど」

「いえ、わかってます。ビッグプロジェクトだからコケられないし、今から鍛えてくださってることも」

 そう言った万里は、突然書類を揃えて立ち上がった。

「私、帰りますね。家で気分変えてやってみます」

「そう。でも本当、あんまり無理しないように。出来ないなら出来ないで、それはそれで成果だから」

「いえ、必ず明日の期日までに、企画部全員が納得するものをまとめてきます」

 万里は慌てて支度すると、そのまま会社を出ていった。

 広樹は苦笑すると、喫煙室へと入っていく。しかしそこに鷹緒の姿はない。

 全面が窓ガラスになっている喫煙室の窓に近寄ると、灰皿卓の上には鷹緒のノートパソコンと煙草が置かれており、広樹は不意に煙草に手を伸ばした。

 それから数分もしないうちに、鷹緒が喫煙室に入ってきた。

「ヒロ? 珍しいな、おまえが煙草吸うなんて……」

「なんとなく。それよりおまえ、社外でパソコンから離れるの禁止」

 そう言いながら、広樹は煙草の煙を吐く。

「トイレくらいいいだろ。パスワードかけてるし……」

「駄目。トイレ行くなら持って行くか、チェーンかけて盗まれないようにしろよ。会社の貸与品だぞ」

「ハイハイ。すみません……」

 答えてから、鷹緒も煙草に火をつけた。

「鷹緒。おまえ、万里ちゃんの仕事取ったろ」

「ああ……あれは多すぎだろ」

「そんなもん、彰良さんだって万里ちゃんだって、わかってるんだよ。これはビッグプロジェクト前のアイドリングでしょ。おまえが手を出してどうするよ」

 珍しく真剣に怒る広樹に、鷹緒は天井を見上げる。

「……すみません」

「謝れば済む問題か。おまえはただでさえワンマンなんだからな? わかってる?」

「はあ……」

「おまえに才能があることも、仕事の能力があることもみんなわかってるけど、おまえが仕事すればするほど、置いてけぼりの気になるやつだっているんだ」

 過去にも何度か言われたことがあるが、鷹緒は反省しつつも聞き流すように息を吐いた。

「悪かったよ」

「……素直で気持ち悪いな。反論があるならしろよ。考えなしに手を出したわけでもあるまいし」

 そう言われて、鷹緒は外を見つめる。

「企画案から見直すくらい、相当煮詰まってたからな……俺が口出しせずとも、おまえに振ったり、もっときめ細かいフォローは出来たと思うけど、俺の締切もヤバイから雑なフォローになっただけだよ。悪かった」

「そうなるくらいなら……」

「相談しろって言うんだろ。そんな時間も無駄に出来ないと思った。ごめん」

 鷹緒は煙草の火を消すと、パソコン画面を見つめながら、紙ベースの万里の企画書に書き込んでいく。それはそれぞれ別々の仕事である。

「……誰でもそんなこと出来るわけじゃないんだからな?」

「そんなこと?」

「十個も二十個も同時に仕事しないってこと」

「おまえもだろ……仕事終わったの? 会社閉めるなら俺も帰るよ」

「持ち帰るのか?」

「ああ。万里にも言っちゃったからな……机の前にいても進まない時もあるって」

 二人は苦笑すると、会社を後にした。


 次の日。鷹緒が出社すると、すでに万里が出社していた。しかし晴れ晴れとした表情で、昨日とは別の仕事をしている。

「おはようございます、鷹緒さん」

「おう。宿題出来た?」

「はい、バッチリ」

 分厚い書類の束を見て、鷹緒は微笑んだ。

「そうか。がんばったな」

「ありがとうございます。それで、鷹緒さんが持って行ってくださったものをお預かりしたいんですが……」

 そう言われ、鷹緒は天井を見上げる。

「ああ……あれね。悪い、出来なかった」

「えっ?」

 万里の仕事を持っていったはずの鷹緒だが、手をつけていないというのか。万里は驚いて鷹緒を見つめる。

「悪い。忘れてた……ってか、抱えてる仕事があったから出来なかったんだ。まあ社内修正だから締切過ぎても許してもらえるだろ。俺が万里から無理矢理に仕事取ったって言うし」

 鷹緒らしからぬ無責任な発言に、万里は戸惑った。

「あ……だ、大丈夫です。内容はともかく、あれから私なりに鷹緒さんが持って行ってくださった分もやってみたので……」

「おう、そうか。ありがとな」

 そう言って、鷹緒は喫煙室へと出ていった。

 万里は自分がやった分厚い書類の束を見て、鷹緒のことを思う。この量と晴れ晴れした自分の顔を見れば、誰だって万里の成果はわかるかもしれない。

「やってあるんだろうなあ……」

 鷹緒のバッグからはみ出したクリアファイルに思い巡らせて、万里は少し照れるようにして笑った。

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