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128. 先輩のヒミツ

 誰も僕のことを理解してくれないんだな……そう思うと、何もかも壊したくなってしまって、気がつけば何も感じない、何も怖くない、ただ生きてるだけの僕がいた。

 つまらない関係、くだらない世界、それが自分のせいだなんて微塵も思わずに、ただ居心地の良い場所を求めた十代――。くだらない世界から脱するべく、誘われるままに地元を離れて東京に出た僕は、幸いにもあの人に出会った。

「今度うちに入った、内山豪。よろしく頼むよ、諸星君」

 スタッフに紹介されて、僕は頭を下げようと思うけれど、その人に釘付けとなっていた。

 自分の容姿には自信があったし、地元で負けなしだと天狗になっていた僕の鼻を一瞬にしてへし折るような、オーラからして負けそうなその人は、諸星鷹緒といった。

 僕、内山豪より一つ年上なだけなのに、なぜこうも違うのか……僕がいかに田舎者で、こういう人が普通にいるような東京が恐ろしいとも思った。


「先輩! 一緒に帰りましょう」

 猛アタックの末、先輩と呼ぶことを許された僕は、撮影帰りのその人を捕まえてそう言った。

「悪い……用があるから」

「またですか。用ってなんですか? まだ早いじゃないですか」

「早く終わったんだから、おまえもたまには家でゆっくりすれば? じゃあな」

 そう言って足早に去っていく先輩の後ろで、同じ撮影の女性モデルたちも各々建物から出てきた。

「理恵もごはん一緒に行かない?」

「ごめん。明日は早いし、今日は帰るよ」

「じゃあ私も今日は早く帰るかな」

「うん、そうしなよ。今日は予定よりだいぶ早く終わったもんね」

 そう言いながら去っていく女性モデルたちを横目に僕も歩き出すと、携帯電話が震える。相手はマネージャーで、しばらく話すのに立ち止まっていると、少し離れた路地裏に先輩の姿が見えた。

「せんぱ……」

 言いかけたその時、先ほど別方向へ消えていった女性モデルの一人が先輩に駆け寄った。確か、石川理恵という子だ。二人はそのまま歩き出したので、僕は電話を小声にしながら、探偵ばりに二人の後をつけた――。

 その時の僕は、好奇心はもちろん、先輩の弱みを握れるかも知れないという黒い心も持っていて、ただ見つからないように身を隠しながら二人を尾行した。

 やがて着いたのは、とあるマンション。その敷地内に入るなり、僕は大声を出す。

「あれえ? 先輩じゃないですか!」

 一瞬びくついた二人は、同時に振り返る。そして僕の顔を見るなり、先輩は顔を顰めた。

「おまえ……」

「二人、付き合ってんですか?」

 なおも大きい声で言った僕に、先輩は手の平を見せる。

「うるさい。つけてきたのかよ……」

「ちょっとそこで見かけただけです」

 嫌悪感を丸出しにする先輩に、僕はなぜだか高揚感を覚えた。先輩の横では、バツが悪そうに理恵が先輩を見つめている。

「鷹緒……」

「……先入ってろ」

 心配そうに呼んだ理恵に先輩がそう言って、後ろ髪を引かれるように振り返りながらも、理恵はマンションの中へと入っていった。

 残された先輩は、僕のほうに歩いてくる。

「嫌だなあ。怖い顔しちゃって」

 そう言った僕に、先輩は鋭い目で僕を見つめた。

「おまえ、なんなの? ストーカーか?」

「言ったじゃないですか。リスペクトしてるって」

「じゃあ迷惑だから、これ以上、俺に近付かないでくれる?」

 本気の顔で言われたから、僕は一瞬息を呑んだ。

「……そんなに、僕のこと嫌いですか?」

「嫌いっていうか、気持ち悪い。こんなところまでつけてきて……」

「そんなに二人のことは見ちゃいけないことだったんですか? 先輩だけじゃなく、彼女のことも興味湧いちゃったなあ、僕」

 引き下がらない僕に、先輩は眼鏡を正しながら溜息をつく。

「いつ見られたって仕方がないけど……これはPOMプロの会社でも社長と数人以外知らないし、これからも言うつもりないんだ。悪いけど、黙っててもらえないか?」

 先輩にお願いをされて、僕は夢見心地になりながらも、目先の疑問に首を傾げた。

「なんで内緒なんですか? モデル同士付き合うって駄目なんですか?」

 先輩はもう一度深い溜息をつくと、説得するような目で僕を見つめた。本当に綺麗な人だなあと思っている中で、先輩のまばたきが現実に引き戻した。

「……黙ってると約束してくれない限り、これ以上は何も言えない」

「そこまで言われたら、黙ってますよ……」

「本当か?」

 念を押す先輩に、僕は苦笑した。そんなこと言われたら誰かに言っちゃおうかと思ってしまうが、やんちゃ時代も経験している僕は、先輩が怒ったらたぶん相当怖いであろうことが想像出来てゾクゾクした。

「わかりました。約束するんで教えてください。先輩のことは本当に憧れてるんです……約束は守ります」

 そう返した僕にもまだ渋っているように、先輩は苦い顔をした。

「……あいつのことは知ってる?」

 やがて言った先輩に、僕は頷いた。

「確か……うちのモデルの石川理恵ちゃんですよね?」

「ああ……実は俺たち、結婚してるんだ」

 その言葉に、さすがの僕も驚いて目を丸くした。思考停止して、言葉さえ見つからない。

「え……ええっ?」

 そんな僕に、先輩は苦笑して頷いた。

「まあ、そういうことだから……みんなそういう反応するだろうし、俺はモデルが本業じゃないけど、あいつはまだまだこれからだから、黙っているように社長に言われてる。絶対に誰にも言わないでくれ」

「……わ、わかりました……いや、びっくりした……」

 これだけ隠したがり、念を押した意味がわかった。同時にやっぱり先輩の生き方が格好良いとも、秘密を握って初めて自分が先輩より優位になったとも思えて震えてくる。

「……おまえ、食事これからなら、家寄るか?」

「え、いいんですか?」

「このまま帰すのもアレだし……少しは賄賂渡しておかないとな……」

 苦笑する先輩について、僕は部屋に上げてもらった。

 そこは二人で住むにはあまりにも狭く、もともと理恵の部屋らしい。

「え、言っちゃったの?!」

 事情を知った理恵は、先輩にそう怒る。

「ごめん。こいつ引き下がらないから……言わないって約束してくれたし」

「だからって……社長にも止められてるのに」

「だから賄賂食わせてやって。昨日のカレー、こいつの分もあるだろ?」

「もう。仕方ないなあ……本当、絶対黙ってよね? 私のほうが先輩なんだし、ちゃんと約束守ってよ?」

 理恵は最後に僕にそう言って、キッチンに向かった。

 結婚なんて言葉、僕の辞書にはまだなかった。そりゃあまだ十代だし、願望もない。

 僕がこれだけ憧れてしまった先輩は、どうして彼女とそこまでのことをしたのだろう……と、思わず理恵を観察してしまう。もっと綺麗な人もいるし、もっと金持ちの人もいる。それなのに先輩が選んだ人は彼女で、どれほどの魅力があるのか興味が湧いた。

「そんなにじろじろ見るなよ」

 その時、僕の視線に気付いて先輩がそう言ったので、僕は慌てて笑った。

「いや、見てないっすよ……俺の嫁だから見るなって言うんですか?」

「そういうんじゃないけど……」

「それで、どこがいいんですか? 結婚なんて余程のことじゃないですか」

 調子に乗って言った僕に、先輩のデコピンが飛んだ。めちゃくちゃ痛い。

 そんな時、理恵が温めたカレーを持ってきてくれた。

「それ、私も知りたいけどね……」

 狭い室内で、もちろん僕の声は理恵にも届いていたようで、理恵は先輩を悪戯な瞳で見つめる。

「おまえには言ってるだろ……」

「ええ? そうかなあ」

「いただきます」

 ノロケなんて聞きたくないから、僕はカレーに口をつけた。ごく普通のカレー。でも、それは東京に出てきて久しぶりの家庭料理で、なんだか身に沁みる料理だった。

「美味しい」

 素直に言った僕に、理恵が笑った。

「本当? よかった」

「でも作りすぎだろ?」

「そうだね。二人じゃ今日も食べきれなかったかも」

「俺はべつに三日連続でもいいけど」

 僕のひがみなのか、なんでもノロケに聞こえてしまうような二人の会話に、二人が本当に夫婦なのだと認識させられた。

 どこがいいんだろう……でも先輩が選んだ子なら、よほどいい女性なんだろうな……と思うと、理恵への興味が止まらない。

 僕が理恵を女性として意識して、憧れの先輩を裏切ってまで奪ってしまおうと思うまでに、そう時間はかからなかった。

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