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123. JKの頃

 ある日、鷹緒が地下スタジオでの仕事の合間に外に出ると、読者モデルの女子高生の二人が、互いの写真をスマホで撮り合ってはしゃいでいた。

「……中に入らないの?」

 首を傾げながら鷹緒がそう尋ねると、女子高生たちは慌てて手を振る。

「早く着き過ぎちゃったんで」

「ああ、準備終わってるから、もう入ってていいよ。楽屋も空いてるし……」

 そう言って鷹緒が煙草に火をつけると、女子高生たちは互いの顔を見合わせた。

「やばい。諸星さん、煙草吸ってる姿がエモい!」

 最近よく聞く若者言葉で意味は知っているが、鷹緒は眉を顰めて手をかざした。女子高生たちは鷹緒に向けてスマホを構えている。

「勝手に撮るなっての」

「だってエモいから、つい……」

「エモいって言われても、いい気はしないんだよな……」

 そう言いながら、鷹緒は一人からスマホを取って構えた。

「二人一緒に撮ってやるよ」

「え、諸星さんが撮ってくれるとか、まじエモい!」

「早く並べ」

「イエーイ」

 各々ポーズを撮るので、鷹緒はシャッターを切った。

「ありがとうございます! どのアプリ使おうかな」

 すかさずしゃがみこんで写真の加工をする二人の後ろで、鷹緒もその画面を覗き込む。

「へえ。最近の子は加工までするんだ?」

「だって盛らないと! いろいろ出来るんですよ。目を大きくしたり、顔を細くしたり……写り込んだいらないものも消せるし」

「まるでレタッチだな。俺たちとやってること変わらない……でも、それは盛り過ぎじゃねえ?」

 あまりに大きくなった目を見て、鷹緒は苦笑する。

「でもかわいいっしょ。このくらい盛らないと……あとお化粧盛って……」

 鷹緒もまじまじと二人に加わって見つめていると、間近で足音が止まった。

「なにやってるんですか?」

 ふと振り返ると、そこには沙織と麻衣子がいる。

 麻衣子の問いかけに、鷹緒は苦笑して立ち上がる。

「おう……JKから、写真加工アプリ講座をな」

「若いですねえ」

「なんだよ、嫌味だなあ」

 そう言いながら鷹緒は沙織を見る。軽く嫉妬をアピールするように頬を膨らませているのを見て、鷹緒は苦笑しながら沙織の頭に触れた。

「スタジオは準備出来てるよ。この子ら連れて行って」

「諸星さんは?」

「俺は休憩。もう一本吸ったら行くよ」

「はーい」

 麻衣子は二人を連れて先を歩いて行く。それについていく沙織は、鷹緒に振り返って小さく手を振った。それがなんとも可愛らしく、鷹緒も笑って手を振り返した。


 その夜。撮影を終えた鷹緒は、そのまま地下スタジオでパソコン前に座った。もうスタッフも帰り、そこには誰もいない。

 しばらくすると、スタジオの電話が鳴った。ファックスやメールの送受信のためだけに鷹緒が引いたものなので、電話番号自体がほとんど知られておらず、普段はなかなか鳴らない電話である。

「はい。諸星です」

『沙織です』

 その相手に驚き、鷹緒は机の上に置いていた携帯電話を見つめた。しかしそれに反応はない。

「ああ、悪い。充電切れてたのか……」

 そう言うと、沙織の苦笑する声が漏れた。

『やっぱり……よかった。こっちの電話番号控えておいて』

「ごめん。地下スタで仕事してるよ。誰もいないから来るか?」

『いいの?』

 沙織の声を聞きながら、鷹緒は時計を見つめる。あと数時間は仕事をしたい時間である。

「あんまりお構いは出来ないけどな……なんか弁当買ってきてくれる?」

『わかった。じゃあ、あとでね』

 電話が切れるなり、鷹緒は携帯電話に充電コードを差し直した。

「コードが悪いのかな……」

 そう言いながら、やっと通電した携帯電話の履歴を見ると、何度か事務所から電話が来ているのがわかり、鷹緒はスタジオの固定電話から事務所へと電話をかける。

『WIZM企画プロダクションでございます』

「牧? 諸星だけど」

『ああ、鷹緒さん。おつかれさまです』

 牧の声が聞こえ、鷹緒はボールペンに手を伸ばした。

「悪い。俺の携帯、また電源切れてたみたいで……何度か事務所から電話があったみたいなんだけど、用件わかる?」

 そう聞かれて、牧が数秒押し黙った。

『うーん。私はわからないので、ちょっと待っててくださいね』

 保留音が聞こえたので、鷹緒はハンズフリー通話に切り替えると、煙草に火をつけて放置していたパソコン画面に向き合う。

少しすると、保留音が切れて広樹の声が聞こえた。

『鷹緒。広樹だけど』

「ああ、ごめん。ヒロからだったのか」

『こっちも悪い。近々の予定で変更あるかなと思って。近く急ぎで会議したいんだよ。オーディションの件で』

 そう言われて、鷹緒は手帳を取り出す。

「社長自らスケジュール調整かよ……」

『おまえが連絡取れなさすぎなの。モデル部の担当者が、企画部の人はお手上げですって言うからさ……』

 その時、沙織がちょこんと顔を覗かせたので、鷹緒は軽く手を振った。

「……今週は、明後日の二十時過ぎなら空いてる。朝は全滅だな……来週の予定は変わってないはずだよ」

『オーケー。じゃあ調整して連絡するから、とりあえず明後日夜の予定は空けといて』

「了解。じゃあな」

 電話を切るなり、鷹緒は沙織に向けて両手を広げた。

 すると、沙織は嬉しそうに駆け寄り、軽く鷹緒の腕の中に入った。

「やっと鷹緒さんに触れた……」

「俺も」

 そのまま軽く唇が触れ合うと、二人は笑って立ち上がった。

「撮影終わってから帰ったのか?」

 鷹緒はそう言いながら、お湯を沸かし始める。沙織はソファへと座った。

「ううん。そのまま麻衣子とお買い物。夕飯も食べちゃった」

「そうか」

「お弁当、駅地下のやつでいい?」

「なんでもいいよ。ありがとうな」

 鷹緒もソファに座ると、沙織に買ってきてもらった弁当に手をつける。

 急に静まりかえったスタジオで、沙織は鷹緒が食べている横顔を見つめた。その視線に気付いて、鷹緒は苦笑する。

「なんだよ。見つめないでくれる?」

「そういえば鷹緒さん……女子高生とも仲良く出来るんだね」

 沙織の言葉に、鷹緒は吹き出すように笑った。

「どういう意味だよ」

「べつに?」

「おまえと会った時だって、おまえはJKだっただろ」

「そうだけどさ……」

 頬を膨らませる沙織を見て、鷹緒は人差し指でその頬をつついた。

「あいつらから学ぶ部分も結構あるんだよな……発見もあるし。それにあの年代の子って一時だけの子も多いし、相手にもしてないから気にするなよ」

「してません」

「嘘つけ」

「ちょっぴりね」

「彼女の余裕」

「うん」

 そう言いながら、沙織は鷹緒の肩にもたれた。それに構わず、鷹緒は食事を続けている。

 沙織は不意に、鷹緒と出会った頃を思い出した。

 まだ自分も女子高生で、今日いた女子高生たちと同じように毎日はしゃいでいた。また鷹緒への憧れに、毎日生きるのが必死であり楽しく輝いていた気がする。それを思えば、今がどれだけ幸せなのかと思いつつも、鷹緒の忙しさだけはその頃と変わらない。

「鷹緒さん、まだまだ忙しそうだね」

 そんなことを思い出しながら、しばらくして沙織が苦笑してそう言った。

「ん?」

「ううん。鷹緒さんの忙しさは、全然変わらないなって思って」

「まあ、終わっては始まりの繰り返しだからな……なに。プレッシャーかけてる?」

 苦笑して返す鷹緒に、沙織は首を振って笑う。

「ううん。ただ、変わらないなって。べつに悪い意味じゃなくて……」

「そうだなあ……これから事務所全体が忙しくなるだろうな。次のオーディションも大規模になるし、駅前プロジェクトもそろそろ本格始動するしな」

「また会いづらくなっちゃうかな……」

「そう言うおまえも、来週また地方だったよな?」

「そうなんだよね……」

 鷹緒は苦笑すると、食べ終えた弁当を袋にしまう。

「まあ忙しきことは良きことだよ。でも、あんまり無理するなよ。それに、こうして合間に会えるじゃん」

 そう言って、鷹緒は沙織の頭に手を置いた。

 沙織も今のままで満足せねばと、鷹緒に抱きついてみる。

「充電……」

 見上げる沙織の目は潤んでいて、鷹緒は思わず目を背けた。

「どうして目を逸らすの?」

 傷ついたような顔をする沙織に、鷹緒は沙織を抱きしめる。

「俺……そんなに意思が強いほうではないんだよな……」

 大きく息を吐くと、鷹緒は沙織にキスをした。それはとても長く、何度も何度も重ねられる。

「た、鷹緒さん……?」

「ああ、もう。仕事にならないっての……」

 鷹緒は苦笑しながら切り替えるように立ち上がると、沙織に振り向いた。

「来週、沙織が地方から帰ったら、少しはゆっくり出来る時間作るから……今日は仕事する」

 宣言するように無理に切り替えてそう言った鷹緒に、沙織は微笑んだ。

「うん、わかった」

「ごめん」

「いいの。私も邪魔したくないし。少しでも充電出来たし」

 微笑む沙織につられて笑い、鷹緒は財布に手を伸ばす。

「弁当代」

「いいよ、いいよ。いろいろ食事代とか出してもらってるし……」

「そんなのいいけど……じゃあ、地方行ったら事務所に土産買ってきて」

「そんなの、言われなくても買うのに……」

「いいから」

 数枚の札を渡して、鷹緒はパソコン前へと座り直した。

「また連絡するね」

「ああ。悪いな、相手出来なくて……」

「いいよ。ちょっとでも会えて嬉しいんだから」

「ああ。気をつけて帰れよ」

「はーい。またね。お仕事頑張って」

「おう」

 沙織は去り際に鷹緒の頬にキスをすると、そのまま帰っていった。

 キスされた頬に熱を帯びるのを感じながら、鷹緒は仕事に戻った。

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