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118. 面影

 その日、広樹が社長室に戻ると、机の上に積み上げられたカタログのようなものが目についた。それは各事務所が出している所属タレントの宣材写真のようで、外回りで手に入れたものは広樹のところに持っていくように部下に徹底している。

「うちも最新版作らないとなあ……」

 もちろん作っていない事務所も多々あるが、企画やカメラマンがいるこの事務所では、毎年欠かさずに立派な冊子を作っている。

 少しすると、ドアが開けっ放し状態の社長室を理恵が覗いた。

「ヒロさん。お弁当食べます?」

 今まで一緒に外回りに行っていた理恵が時間差で来たのは、弁当を買ってきたかららしい。

「うん、ありがとう。一緒に食べようよ」

「はい。お邪魔します」

「どうぞどうぞ」

 そう言いながら、広樹は数冊の宣材カタログを持ってソファに座った。

「あ、私も見たいです。こういうの作る事務所、増えて来ましたね」

「そのまま写真集で売る事務所もあるくらいだからね」

「ふふ。うちも売り出します? プロカメラマンが撮ってるものだし」

 WIZM企画の宣材カタログは他社に負けないクオリティの高いものだが、関係者に配るためのもののため世には出回らない。しかし企画部がこだわって作っているので売り出して欲しいとのオファーがあるのも事実だ。

「ダメダメ。あくまで宣材写真なんだから、無料で配りまくって宣伝しないと」

「でも、一般の人が欲しいって言ってくる時もあるじゃないですか」

「そこはビジネスにしたいもんだけどね……無料配布だから赤字だし。でもホームページでは見られるようにしてるんだから、そこは我慢して欲しいんだよなあ」

「そうですね……」

 そんな話をしながら、二人は別々のカタログをめくり、食事を始める。

「盛ってるだろうけど、最近の子は本当に可愛いよなあ……似たり寄ったりだけど」

「ええ……個性も欲しいですよね」

「うちもさっさとオーディションやって、新しい宣材写真撮らないと」

「準備は進めてます。急がしくなりますね」

「……」

 その時、急に広樹が無言になった。

「ヒロさん?」

「……この子、欲しいなあ」

 広樹の言葉に、理恵が写真を覗き込む。そこには目力の強い少女が写っていた。

「確かに雰囲気ありますね……それにヒロさんのお眼鏡に適うなんて珍しい。私にも見せてください」

 逆向きに見ていた理恵は、広樹が見ていた冊子をまじまじと見る。

「うちにもこういうクール系欲しいんだよな」

「あれ……この子……」

 その時、鷹緒が開けっ放しのドアをノックした。

「二人して食事?」

「鷹緒。外回りから帰ってきたとこなんだよ。おまえは食べたの?」

「まだ。俺も食っていい?」

「うん」

 すると、鷹緒はコンビニ袋を片手に理恵の隣へと座った。

「宣材か。俺もいくつかもらったから、あとで持ってくるよ。被ってるかもしれないけど」

 そう言いながら、鷹緒はおにぎりをかじる。

 その時、理恵が先ほど広樹が気になったというモデルのページを見せてきた。

「ね、ねえ。鷹緒。これ……」

「ん?」

 何の気なしに見た鷹緒だが、それを見るなり一瞬固まった。

「雰囲気ある子だなって話してたとこなんだよ。出来ることならうちにもこういう子欲しいなって」

 広樹が続けると、鷹緒は天井を見上げながら、おにぎりを食べきった。そして次はパンをかじり出す。

「ああ……」

「うちの事務所も可愛い子や綺麗な子は多いけど、違う意味で目を引くような強烈キャラの子ってあんまり出て来ないじゃん?」

「まあ、そういう系で集めてるのかと思ってたけど……」

「そうじゃないんだよ。だから今度のオーディションは、もう少し枠を広げようって言ってるんだろ。年齢も十代や二十代が多いから、幅も広げようってことでさ……しかし、この子いいと思わない? これから絶対売れるよ」

 興奮気味の広樹の前で、鷹緒は口をつぐんだ。ふと横を向くと、心配そうな理恵の顔が目に入り、鷹緒は苦笑する。

「うーん……ヒロ。これたぶん、俺の妹だわ……」

 やがて口を開いた鷹緒に、広樹は目を見開いた。

「は?!」

「顔覚えてないから知らないけどな……前に義母から、娘がこの世界入りたいっていうのは聞いてたし、今期からなのかなとは思ってたけど……」

「え、ちょっと待って……い、妹? おまえの?」

「だからたぶんだって……でも、おまえも気付いたんだろ?」

 鷹緒が理恵に尋ねると、理恵は頷いて写真の少女をもう一度見つめた。

千秋ちあきって……名前だけは知ってたから。それにこの目見てたら、あなたのこと思い出してね」

「いやいや、理恵ちゃん。全然似てないでしょ……」

 慌てている広樹に、理恵は指差す。

「そうですか? まあ、強いて言えば目だけかな……それにこの年で芸名なのか、名字もなく千秋って名前だけの宣材写真も珍しいと思って」

 広樹と理恵がそんな話をしている間に、鷹緒はパンを食べ終えてコーヒーに口をつけた。

「まあ、そういうことで……」

 そう言った鷹緒を、二人はじっと見つめる。

「なんだよ?」

「いや……おまえはいいのか? 同じ業界に入ったってことは、いつかかち合うかもしれないんだぞ」

「嫌ではあるけど仕方ないだろ。それにこうして名字は伏せてくれてんだし、現場でも公表しないって条件はつけてあるから、それ以上言うことはないよ」

「そう、か……」

 しんみりした社長室で、鷹緒は立ち上がった。

「べつに同じ事務所のわけでなし、気にしてないから気にするなよ。でもうちへの勧誘は勘弁して。じゃ」

 そう言って、鷹緒は足早に去っていく。

「いやあ……びっくりだな。あいつに弟妹がいるの、うっかり忘れてたよ。もうこんな年なんだね。しかし血は争えないな……言われてみたら、このただならぬ雰囲気があいつだったりしてね」

 広樹の言葉に、理恵は苦笑した。

「まあ、相手はまだ十代ですし、年数も経って鷹緒は大丈夫だと信じたいですけど……ヒロさん、これからもあの人のこと見守ってあげていてくださいね」

 そう言われて、広樹は眉をひそめた。

「ええ? 僕は鷹緒のお守り役じゃないんだよ?」

「またまた。そう言っておきながら、心配性なくらいじゃないですか」

「まあ確かに、放ってはおけないんだけどね……」

「そうかもしれませんね」

 くすりと笑って、二人も立ち上がる。

「まあ理恵ちゃんも、なんかあったらフォロー頼むよ。モデル部担当としてでもいいからさ」

「はい」

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