114. STAY HOME
未曾有の未知ウィルスが世界中を包み、首都東京も人影が消えた。
そんな中、WIZM企画プロダクションでは社長の広樹が企画部署のパソコンに向かっている。
しばらくすると、出入口のドアが開いた。
「鷹緒……」
広樹が振り返ると、そこには鷹緒が立っており、広樹以外誰もいない事務所を見回す。
「おう……」
「STAY HOME (ステイホーム)……待機命令のはずだけど?」
「仕事道具、置きっ放しなんだよ。今朝のリモート会議で言ったろ。取ったら帰る……おまえ一人か?」
鷹緒の言葉に、広樹は溜息をつく。
「リモート体制も整ってきたし、僕もそろそろ自宅待機になりそうだよ」
「電話対応は?」
「牧ちゃんが転送を受けてくれてる。マネージメント系は理恵ちゃんが対応、企画の中止等取りまとめは彰良さんがやってくれてるし、僕もあとは事務処理だけ」
そう言って、広樹はプリンターから、事務所のドアに貼るための閉所のお知らせという紙を取り出して見つめる。
「こうなると俺たちは無力だな……リモートで撮影会が出来るわけでなし、せいぜい古い写真修正や加工の仕事するくらいしかないよ」
「新しいことも考えてはみてるけど、頭が痛いよ。まあ融資は申請したし、家賃は大家さんに言って少し待ってもらえることになったけど……」
暗い表情の広樹を尻目に、鷹緒は自分のロッカーから必要な物を取り出し始める。
「どのくらいもつ?」
「このままゼロの状態で、もって三ヶ月かな……」
「微々たるもんだけど、俺の給料はしばらくいらねえよ」
「それは駄目だ」
「そうも言ってられないくらいになったらってこと。他のやつ優先させろ。いくらかなら出せるし……」
鷹緒の言葉を聞いて、広樹は苦笑した。
「会社乗っ取ろうとしてる?」
「こんな泥船いらねえよ」
「なんだと?」
「まあ、俺も一応役員だし。苦しい時こそだろ」
鷹緒はそう言うと、広樹から少し離れた椅子に座る。
「モデルちゃんたちが心配だな……仕事という仕事がなくなっちゃったからね」
「そこらへん、補助金とか勉強してんだろ? 相談乗ってやれば大丈夫だろ」
「……沙織ちゃんとは会ってるの?」
「この状況下だからな……」
「せっかくの休みなのにな」
「まあ、みんなそんなようなもんだろ。じゃあ俺、帰るけど。なんかあったら連絡して」
「ああ……元気でな」
いつもと違う見送りに、鷹緒は苦笑して振り返った。
「おまえもな。あんま一人で背負い込むなよ。暇してるから、なんかあったら仕事振れよ」
「ああ。ありがとう、鷹緒」
広樹に見送られ、鷹緒は事務所を後にした。街に人はほとんどおらず、まるでゴーストタウンと化している。
「まさかこんなことになるとはな……」
歩きながら、鷹緒は沙織に電話をかける。
『もしもし!』
同じく自宅待機中の沙織とは、日に何度も電話を交わすこともあるくらい、このところお互いに暇を持て余している。しかし、その声は明るいようだ。
「おう。元気そうでなにより」
『うん。すこぶる元気ですよ。事務所には行ったの?』
「ああ。ヒロが一人で仕事してたよ」
『そうなんだ……ヒロさん、元気だった?』
「どうかな……今回ばかりは落ち込んでるかもな」
それを聞いて、沙織の驚いた声が聞こえる。
『えっ、そうなの? 大丈夫?』
「今回ばかりは、どうしようもないからな……社員だけじゃなく、おまえらみたいな契約結んでるタレントもいるわけだし。新しいことでも考えないと」
そう言いながら駐車場に着き、鷹緒は車へと乗り込む。
『そっか……確かに私たちも、仕事がない限り、貯金が底をついたら終わりだしなあ』
「まあそこらへんは、なんとかするよ……」
『でも、テレビはリモート出演も主流になってきたし、だいぶ戻りつつあると思うよ?』
「ならいいけど……ちゃんとメシは食ってるか?」
鷹緒の言葉に、沙織は笑った。
『食べてるよ。そういう意味では、鷹緒さんのほうが心配。料理出来ないし』
「近くにコンビニあるから大丈夫だよ。カップ麺も結構あるし」
『もう。そういうのが心配なの!』
そう言われて、鷹緒も笑った。
「大丈夫だよ。それより……せっかく休みなのに、会えなくてごめんな」
『そんなの……鷹緒さんのせいじゃないじゃん』
「そうだけどさ」
『大丈夫。こうして電話してくれるし……それに嫌だもん。無理して会って、なんかあるの……』
強くなった沙織の言葉を聞いて、鷹緒は顔を上げる。
「ああ。帰ったらまた連絡するから……もう少しの辛抱だな。お互いに」
『うん! STAY HOMEだよ』
「STAY HOMEだな。じゃあ、またあとでな」
鷹緒は電話を切ると、笑顔のまま車を走らせた。