112. カノジョの自信
ある夜。沙織と麻衣子は個室の居酒屋で食事をしていた。
「なんかうちら、ほぼ毎日一緒にいるよね」
麻衣子の言葉に、沙織は笑う。
「嫌なの?」
「嫌なら昼も夜も一緒に食事しないって。でも事務所もセットで売り出してくれちゃってるから、かち合うのも多くなるよね」
「うん。でも今日、ホセ君はいいの?」
「夜まで撮影だって。沙織の彼は?」
「今日は会議で、その後は茜さんと飲むって言ってたよ」
それを聞いて、麻衣子は眉をひそめる。
「ちょっと……大丈夫なの? 他の女と二人きりにさせて。人妻とはいえ、今までだって狙ってたの見え見えじゃん」
麻衣子の言葉に、沙織は苦笑する。
「心配じゃないって言ったら嘘になるけど……信じてるから」
「はあ……彼女の自信ですか」
「違うよ。でも鷹緒さんもだけど、茜さんのことも信じられるから」
そう言った沙織に、麻衣子は笑った。
「じゃあ沙織は? 玲央とか、ぶっちゃけどうなの?」
「ええ? どうって……玲央君、いい人だよ」
「いい人止まりか……玲央も可哀想に」
「だって、それ以上どうしようもないじゃん……」
「まあね。でも私、未だに信じられない部分あるもん。沙織があの方と付き合ってるとか。ユウさんの時より信じられないかも」
酒も入っているせいかズケズケと言い進める麻衣子に、沙織は苦笑するしかない。
「あはは。あの方って……」
「内緒だもんね」
「そうだね……でも私だって信じられない部分あるよ。ユウの時もだけどさ……そんなことより、麻衣子のが旬でしょ」
そう言われて、麻衣子は首を振る。
「初めての年下だから戸惑う部分も多いけど……お互い学校も仕事もあるし、まだそこまで会えてないかな」
「楽しい盛りじゃない」
「あはは。お互いそうでしょ……沙織。あんないい男、手放しちゃ駄目だよ」
「そう簡単には手放しませんよ……付き合うのも必死だもん」
浮かない表情を見せた沙織を見て、麻衣子は首を傾げる。
「必死?」
「捨てられないように」
「やだもう、バカだなあ、沙織。そんなこと思ってちゃ駄目じゃん」
「でも、どうしたってあっちのほうが大人だし……今でも無理させちゃってると思うから、これ以上ワガママ言ったら捨てられちゃうかもしれないじゃん……」
自信がない様子の沙織に、麻衣子は口を曲げた。
「そんな隙見せてたら、本当に他の女にかっさらわれちゃうよ? 沙織はそのままでいいんだよ。下手に無理したり背伸びしたら、それはあの方が望む沙織じゃなくなっちゃうんじゃないの?」
それを聞いて、沙織は静かに微笑んだ。
「そっか……そうかな」
「そうだよ。私だって、沙織に無理されたら嫌だもん」
「麻衣子には無理しなーい」
「こらこら」
「あはは。でも、ありがとう。私ってば、こんなに自信なかったんだな……」
本音を漏らす沙織の頭を、麻衣子がゴシゴシと撫でる。
「沙織ねえ。元カレはビッグスターだし、今カレも負けず劣らずの人気者。そんな人と付き合えただけで、自信持っていいんだよ」
「うん……ありがとう、麻衣子」
「じゃあ、ポテト追加! 沙織のおごりで」
「あはは。べつにいいよ?」
二人は追加の注文をいくつかすると、もう一度乾杯をした。
「それで、麻衣子の恋はどうなの?」
親友同士の女子二人。恋バナが尽きないようで沙織が尋ねると、麻衣子は真剣な顔をして沙織を見つめる。
「それが思ったんだけどさ……」
「うん?」
「私、大学生じゃん? あいつ高校生じゃん? 未成年と付き合うのって犯罪じゃなかったっけ……」
そう言われて、沙織はきょとんとした。
「ああ、なんか聞いたことあるかも……気にしてなかった」
「まあ不純な交際はしてないけど。面倒臭いなあと思って」
「でも、ヒロさんも鷹緒さんも、何も言ってなかったけど……」
「それは事務所同士で話してくれてるとは思うよ? 私から手を出したわけじゃないし」
「手を出したって……」
苦笑する沙織の前で、麻衣子は悩ましげな顔をしながら料理をつまむ。
「そんなこととかもありつつ、なんかね……」
「でも、すごいよね。話す前から相思相愛だったわけでしょ?」
「本人と話してちょっと幻滅したけど」
「またまた。麻衣子が一目惚れなんて聞いたことないもん」
「顔がね。超タイプなのは変わんない」
「麻衣子ってば」
その時、麻衣子の携帯電話が震えた。
「あ、噂をすれば……」
「ホセ君? 出て出て」
「うん、ごめんね……もしもし」
少し照れながらも電話に出る麻衣子に、沙織の心も躍る。
「今、沙織と飲んでるよ……え、嘘じゃないって……」
そんな麻衣子の前で、沙織も自分の携帯電話を見つめるが、鷹緒からの連絡はない。先程メールが来たので予定はわかっているため、今日はもう連絡はないだろう。
その時、麻衣子が電話をテーブルの上に置いた。
「終わった? 大丈夫?」
「全然大丈夫じゃない。なんなの、あいつ……本当に沙織なのか、浮気してるんじゃないのかって、ムカつく」
「あはは……それだけ麻衣子のこと心配なんでしょ」
「毎回だとウザいでしょ……」
先程とか打って変わって興奮気味の麻衣子に、沙織は笑って手を振る。
「ホセ君、仕事終わったんでしょ? 私のことはいいから会ってきなよ」
「ええ? いいよ。もう断っちゃったし……」
「ダメダメ。私は昼から一緒にいるんだから、もう十分話せたし。今日はお開きにしよう。もう行って」
「沙織……」
後ろ髪を引かれながらも、沙織に後押しされ、麻衣子は立ち上がった。
「わかった。ありがとうね、沙織」
「ううん。ホセ君によろしくね」
「うん、またね」
去っていく麻衣子を見送って、沙織も店を後にすると、一人で自宅へと戻っていった。
鷹緒と離れている寂しさはあるにしても、なぜだかそばにいるような温かで満たされているのを感じる。
「これが自信、なのかな……」
沙織は夜空を見上げると、鷹緒のことを思っていた。