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110. やっかみの多い世界

 麻衣子とホセが付き合い始めた夜、未だ仕事中だという鷹緒を訪ねて、沙織は事務所へと向かっていった。

 事務所には社長室以外の明かりは落とされており、ドアが開いた社長室の中に広樹と鷹緒の姿が見えた。

「あ、沙織ちゃん」

 広樹の言葉に振り向く鷹緒は、コンビニ弁当を食べている。

「おう。おつかれ」

「おつかれさまです……お食事中ですか」

「昼メシな」

「またお昼から食べてないの?」

「仕方ないだろ。時間なかったんだから……」

 相変わらず食事をする時間すらない生活らしい鷹緒は、食事をしながらも目の前の資料に向き合っている。

「沙織ちゃん、食事は? お弁当食べる?」

 広樹の問いかけに、沙織は手を振りながら鷹緒の隣に座った。

「あ、さっき食べてきましたので、お構いなく……」

「麻衣子と?」

「あと、玲央君とホセ君と」

「珍しいメンツだな……」

「ちょっと事件があってね……」

 苦笑する沙織に、鷹緒は横目で見つめる。

「事件?」

「う、ん……結論から言うと、麻衣子とホセ君、付き合うみたい……」

 守秘義務も必要かと思ったが、同じ事務所の社長と彼氏の前で黙っておくことでもないと思い、沙織はそう打ち明けた。

 その言葉に、鷹緒と広樹は顔を顰める。

「え、決定?」

「そうみたい。ホセ君の勢いもあったみたいだけど……麻衣子ももともとホセ君のこと気になってたし」

「そりゃあ面倒臭いな……」

 鷹緒の言葉に頷きながら、広樹も目の前のコンビニ弁当に口をつけ始めた。

「そうか……参ったなあ」

 頭を悩ませている広樹に、沙織は首を傾げて鷹緒を見つめる。

「面倒臭いの?」

「そりゃあそうだろ。麻衣子はうちのトップモデルの一人だし、ホセは他事務所の新進モデルだし……なあ?」

 目の前の広樹にそう振ると、広樹は苦笑した。

「まあ、うちは恋愛禁止じゃないからね……モデル対モデルなら、いい話題にでもなればいいけど……」

 止める気はないようだが、広樹の表情は硬い。

「まあ、なるようになるだろ……」

「ホセ君の事務所には、事実関係の確認と今後の対策を講じるよう相談しておくよ。教えてくれてありがとう、沙織ちゃん」

 そう言われて、沙織は視線を落とす。

「なんか、スパイみたいなことしちゃったかな……」

「バーカ。何かあってからじゃ遅いんだよ。麻衣子になんか言われたら、俺かヒロに無理矢理言わされたとか適当に言っとけ」

「うん……」

 二人の会話を聞きながら、広樹は頷いた。

「そうそう、特に規制する気もないし、沙織ちゃんのことは言わないから大丈夫だよ。それに沙織ちゃんの時に比べたら……」

 思わず言いかけた広樹は慌てて言うのを止めたが、困った顔をする沙織の横で、鷹緒が吹き出すように笑った。

「ハハッ。確かに、新事務所になって初めてのスキャンダルは、沙織とユウのことだろうな。俺も日本にいて見てみたかったよ」

「ちょっと、鷹緒さん!」

 頬を膨らませる沙織に、広樹も苦笑する。

「沙織ちゃん、ごめん……でもうちの社員はあのおかげで対応について鍛えられたけどね」

「ヒロさん、フォローになってない……」

「ハハハ。そう? まあ麻衣子ちゃんを手放す気はないけど、その気があるならホセ君をうちに移籍させて二人で売り出すとか……」

「商売人の目になってるぞ、ヒロ」

 鷹緒にそう言われた広樹は、笑いながら手を振る。

「ちょっと考えてみただけだよ。向こうも簡単には移籍なんてさせてくれないだろうし」

「まあ、しばらく俺らは様子見だな……」

 言いながら、鷹緒は見ていた資料を揃える。何気なく見た沙織の目に、恵美の履歴書が見えた。

「恵美ちゃん?」

 思わず言うと、鷹緒が資料を見つめた。資料の何枚かは履歴書である。

「ああ……今度のうちのオーディション受けるんだって」

「え! じゃあ、恵美ちゃんと一緒の所属モデルになるの?」

「オーディションに受かればな……」

 そんな会話を聞きながら、広樹は苦笑した。

「べつに恵美ちゃんは僕の推薦でもあるし、オーディションなんて受けなくて良いんだけど……」

「本人が嫌がってんだろ?」

「理恵ちゃんもね。まあ、コネだのなんだのやっかみも多いからね……それより、今回のオーディションはいつもより大規模にやるから、沙織ちゃんもよかったら手伝ってね」

 そう言われて、沙織は頷く。

「はい、なんでも言ってください。でも、いつもより大規模って……?」

 WIZM企画プロダクションは定期的に所属タレントのオーディションをしているが、ほとんど書類で絞られて対面オーディションとなるのは一握りである。そこから合格するのもほんの数人のため、大規模でやるとは聞いたことがない。

「マネージメントとか、他社との業務提携とかも軌道に乗ってきたし、たまにはたくさんの人と対面したいって話になってね……その日の業務はほぼ停止させる予定だけど、役員クラスは審査員として駆り出すし、モデルちゃんにも手伝いの要請するかもしれないから」

 広樹がそう説明している間に、鷹緒は立ち上がる。

「俺は審査員なんてやりたくないけどな……」

「ここしばらく逃げてるんだから諦めろって」

「はいはい……じゃあお先に。沙織、帰るぞ」

 足早に社長室を出て行く鷹緒を追って、沙織も立ち上がった。

「お邪魔しました。お先に失礼します」

「うん。おつかれさま」

 広樹に見送られて、沙織は鷹緒についていった。


 その帰り道、車に乗った沙織が言葉を発しないので、鷹緒は横目で沙織を見つめた。

「……どうした?」

「え? ううん、なんでもないよ」

「そう?」

「うん……ただ私、本当に事務所に迷惑かけちゃってたんだなあとか、麻衣子のことも余計なこと言っちゃったかなって……」

 過ぎたことをうじうじと考えている様子の沙織に、鷹緒は苦笑する。

「さっきも言ったろ。大丈夫だから気にするな」

 その一言で沙織の心も軽くなるが、反省の念は絶えない。

「うん……」

 未だ元気のない沙織の頭を、鷹緒が優しく撫でた。

「おまえだって事務所だって、いろいろ乗り越えて今があるんだ。どんなに準備しても順調にいかない時だってあるし、各々出来ることをやればいいんだよ。おまえに至っては、これからも麻衣子のフォローしてやって」

「うん」

「まあ、麻衣子はもうベテランの域だし、モデル同士でくっつくことはよくあるから、そんなに心配しなくても大丈夫だって」

「そうだね。私は私に出来ること」

 言い聞かせるように言った沙織に微笑み、鷹緒は車を走らせた。

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