109. 駆け出した先
ある日の午後。沙織と麻衣子は撮影終わりに街を歩いていた。
すると、後ろから二人を追いかける一人の影があった。
「待って!」
二人が同時に振り返ると、そこには見覚えのある少年がいる。最近デビューしたモデルの浜口ホセインである。
彫りが深く格好が良いと麻衣子がチェックしていたものの、実際に会ったのはまだ礼儀も知らない少年に見えた。
「ホセ君……?」
玲央が紹介してくれた呼び方で沙織が呼ぶと、ホセはペコリと会釈する。
「どうも……」
「どうしたの?」
麻衣子の問いかけに、ホセは麻衣子を見つめて深呼吸をした。
「あんたを追いかけてきた!」
突然出した大声に、沙織と麻衣子はお互いの顔を見合わせる。
「……はい?」
「今日、撮影って聞いて……俺も撮影だったから、終わって急いで来た」
その時、遠くから玲央が走ってきた。
「ホセ!」
「玲央……」
「おまえ、一人で突っ走りすぎ……足早えんだよ」
息を切らした玲央に、ホセは顔を顰める。
「おまえが遅いんだ、玲央。俺は必死なのに……」
二人の会話を見つめながら、麻衣子は溜息をついた。
「悪いけど……私、年下って無理だし、礼儀知らずはもっと無理だから」
きっぱり言った麻衣子に、ホセは口を結ぶ。
「そう言うなよ、麻衣子……話せばいいやつだし、まだ十七だから許してやって。口調は無礼だけど体育会系だから礼儀もちゃんとしてるところはちゃんとしてるし……」
代わりに玲央がフォローすると、突然、ホセが麻衣子の手を取って走り出した。
あっという間の出来事で、沙織と玲央は呆気にとられる。
「ホ、ホセ!」
「どうしよう、麻衣子が……!」
「追いかけよう!」
沙織と玲央は、急いで二人の後を追った。
しばらく走ったところで赤信号に阻まれ、麻衣子はホセの手を振り切った。
「痛い。離してよ!」
「ごめん……でも、どうしても二人きりで話したいんだ」
そう言うホセに、麻衣子は眉を顰める。
「……身勝手だよ。そういうところがガキ。自分のことしか考えてないじゃない」
図星を言われ、ホセは口を結ぶが、真剣な目で麻衣子を見つめている。
「ごめん。でも俺、麻衣子が好きだ!」
大勢の人がいる中での告白に晒された麻衣子は、青信号になると同時に全速力で走り出した。
慌ててホセが追いかけるが、麻衣子のスピードになかなか追いつけない。
「な、なんなの、あいつ……」
その時、麻衣子の携帯が鳴る。出ると沙織の声が聞こえた。
『麻衣子? 大丈夫?』
「沙織……マジでなんなの、あいつ!」
『今どこ?』
「振り切って逃げたとこ。助けて、沙織……」
『どっかで合流しよ』
「わかった。じゃあ、いつもの……」
そう言った時、ホセが麻衣子の前に走り込んできた。しかしだいぶ息が上がっているようだ。
「あははは! 麻衣子、すっごい足早いんだな!」
ホセの言葉に、麻衣子が嫌悪感を露わにする。
「な、なんなのよ、このストーカー!」
「そう言うなよ……」
ホセは苦笑すると、麻衣子をまっすぐに見つめた。
「俺、ずっと前から麻衣子のファンでした。この間は照れもあったし急だったしで失礼な態度しちゃったかもしれないけど……本気なんだ。年下感じさせないように頑張る。麻衣子に気に入られるような男になれるように頑張る。だから俺と付き合ってください!」
そんなストレートな告白の最中に、やっと沙織と玲央が追いついた。
麻衣子は顔を真っ赤にさせて、ホセを見つめている。
もともと麻衣子からも気になっていた、ホセ。年下とわかってからも、その顔の好みが変わるわけでもない。
「……はい」
思わず麻衣子はそう返事をしてしまい、ホセは麻衣子を抱きしめた。
「やったあ!」
目の前で喜んでいるホセと、放心状態の麻衣子を前に、沙織と玲央は苦笑する。
「麻衣子……」
やがて沙織が声を掛けると、麻衣子もまた苦笑した。
「なんか……押し切られちゃった」
そんな麻衣子に、沙織は笑う。
「おめでとう、麻衣子」
「あ、ありがとう……ははは」
すると、玲央が沙織の肩を抱いた。
「二人もくっついたし、この勢いでうちらも付き合っちゃう?」
冗談交じりに言った玲央から、沙織は苦笑して離れた。
「付き合わないです……」
「ちっ。雰囲気に流されなかったか」
その日、そのまま四人は一緒に食事をして、交流を深めていった。