106. いつかのクリスマス
数年前、ニューヨークのクリスマス当日。鷹緒は寒空の下である人物を待っていた。
「鷹緒。悪い、悪い。遅くなった」
そう言って近付いてきたのは、写真家の三崎晴男。鷹緒の師匠である。
現在、鷹緒はこの三崎に誘われ、ニューヨークでの仕事を手伝っている。
「遅いですよ……クソ寒い」
「ニューヨークの冬をなめんなよ」
「なめてないですよ。来るのが遅いから……ったく、なんで同じ家に住んでるのに待ち合わせ?」
「買い物してたからさ」
そう言って、三崎はサンタ帽を鷹緒に被せる。
「はい?」
苦笑する鷹緒の横で、三崎もサンタ帽を被って白髭をつけると、ポラロイドカメラを手にした。
「まさか……ニューヨークでも?」
その光景は鷹緒にとっては見覚えがある。
「当たり前だろ。俺のルーティーンだからな」
三崎の言葉に、鷹緒は笑った。
「変わらないですね」
「おまえも手伝え」
「はい」
断る気にもなれず、鷹緒もカメラを構える。
それより更に十年程前。高校生の鷹緒は、日本で三崎の経営する写真館でバイトをしていた。
「鷹緒。撮影行くぞ」
クリスマスの日に、サンタの格好をした三崎がそう言った。
「三崎さん……なんですか、その格好。それに今日の撮影はもうないんじゃ……」
「クリスマスにはサンタだろ。夜のパーティーまでもう一仕事するぞ」
そう言うと、三崎は写真館の前でポラロイドカメラを構えた。
「あ、お嬢ちゃん。メリークリスマス!」
そう言って、通りすがりの親子の写真を撮り、すぐに出てきたポラロイド写真を渡した。
「三崎サンタさん。今年もやってくれるんですね」
撮られた母親は、写真を受け取って笑う。
「体力と時間の許す限りやりますよ。素敵なクリスマスを」
「サンタさんと写真撮る!」
その時、撮られた女の子が三崎に飛びつきながらそう言った。
「もちろんいいよ。鷹緒、撮ってくれ」
そう呼ばれて、見ていた鷹緒は慌ててカメラを構えた。
「は、はい」
そこには満面の笑みをした親子と三崎サンタがいる。
親子が去った後、そこには数人の列が出来ていた。思えばすでに有名写真家となっている三崎写真館の目の前。通りがかりの人が集まってきたのである。
「鷹緒。俺は皆さんを撮るから、おまえは俺のドキュメンタリー写真を撮れ」
疑問より先に頷き、鷹緒もカメラを構えた。
一方、ニューヨークの街角では、三崎の存在は知られていなくとも温かい人たちが次々に写真に収まっていった。
「鷹緒。美人さんだから声かけて。そんでアップで撮って」
「はい」
ジョークのようにそう言う三崎だが、鷹緒は笑いながらも突っ込みはしない。
「鷹緒。カッコいい服着てらっしゃるから、引きで撮って」
「はい」
要求に応えながら、鷹緒も写真を撮り続けていく。
小一時間も撮り続けて、二人は近くにあった喫茶店へと入っていった。
「さすがに寒いなあ」
震えながらコーヒーを飲む三崎の前で、鷹緒は撮ったばかりのデータを確認していく。
「綺麗に写ってるか?」
「まあまあ……」
「ハハッ。まあまあ、か」
三崎の反応に鷹緒も笑って、やっとコーヒーに手を伸ばした。
「三崎さんには、本当にいろいろ教えてもらいましたよ」
「なんだ? 突然……」
「このクリスマスフォトも……当時から人物撮るの苦手だった俺だけど、こうしてストリートで撮って勉強になったのは事実なんで。アドバイスもくれるし……ナンパもさせられたけど」
三崎の真意もわかって、鷹緒は笑いながらそう答える。
「ハハハ。ストリートってのはライブだからな。俺だって、今になっても勉強だよ」
ふと外を見ると、雪がちらつき始めていた。
「お、雪か」
「ニューヨークまで来て、オッサン二人のクリスマスになるとは思ってもみませんでしたけど」
「失礼な。これからパーティーだろ。それとも日本で一緒に過ごしたいやつでもいるのか?」
そう言われて、鷹緒の脳裏に沙織が浮かんだ。同時に広樹や社員たちの顔も浮かぶ。
「いや……日本は日本で、騒がしいだけでしょうからね……」
「素直じゃねえなあ」
「三崎さんこそ、たまには日本で過ごすものいいんじゃないんですか?」
「嫌だよ、あんなクソ狭くてゴミゴミした街」
「素直じゃないなあ」
「なんだと」
二人は笑いながら、雪降る街へと繰り出していった。