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7-3. クリスマスだからじゃない (END)

「どうやって……?」

「うーん。じゃあ、ちょっと待ってて」

 そう言って、鷹緒は広樹のもとへと向かっていく。広樹は招待していた和泉夫妻と、企画部部長の長谷川彰良はせがわあきらと話をしているようだ。

 沙織はそこに入った鷹緒を見つめていると、やがて鷹緒を筆頭に、広樹や彰良、和泉までもがステージに上がる。それはまだ、数人の社員しか気付いていない。

 四人はステージ上で何やら打ち合わせでもしているように輪になって話し合っており、やがてステージ上に置かれた楽器を取り出した。

「みんな、楽しんでる?」

 その時、ステージ上の広樹がマイクの前でそう言ったので、一同は広樹を見つめた。

「そろそろ終了時間が迫って参りました。昔、三崎スタジオのクリスマス会では、よく僕たちバンドを組まされていたので、今日は即席ですがサプライズで復活することにします」

 それを聞いて、社員たちは大盛り上がりとなった。

「久々だし、急にやることになったので、このメンバーで弾ける唯一の曲をお送りします。だからアンコールはしないでね。リハもなしにやるなんて無謀だけど……」

 広樹が話している間にも、鷹緒は背を向けて和泉たちと話しており、チューニングでもしているようである。

「マイク一本しかないんで、僕とツインボーカルの鷹緒と一緒に歌います。えー、ドラム・和泉さん、キーボード・彰良さん、ベース・鷹緒、ギター・僕です。それじゃあ、いい? あーもう。こんなことになるなら、一回くらいリハやりたかったなあ」

「こっちは準備いいよ。ぶっつけ本番だから、下手でも見逃して」

 鷹緒がそう言ったので、社員たちは拍手を始めた。

「じゃあやるか。僕たちの十八番。「Kissin' Christmas」……知ってる人は一緒に歌ってね。パートは交互だよな?」

「うん、まあ適当に思い出しながら」

「ま、やってみようか」

 広樹と鷹緒の会話が一本のマイクから漏れながら、四人は目で合図をする。そして曲が始まった。

 歌い始めの鷹緒が一瞬、沙織を見た。途端に照れたように笑いながら、鷹緒の歌声が聞こえる。社員とはカラオケに行くと聞いていたが、沙織とはまだないため、その歌声を沙織が聞くのは初めてのことだった。

 やがて広樹のパートになり、ハーモニーもある。それは久しぶりとは思えないほどで、何度も目で合図し合い、一本のマイクで歌い合う鷹緒と広樹の姿がまた微笑ましく、嬉しい気持ちになる。

 時折、鷹緒と目が合うので、沙織はまるで自分へ向けて歌ってくれているかのような錯覚に陥り、曲の終わりには涙まで溢れ、鷹緒の姿に沙織はすっかり見惚れてしまっていた。

 曲が終わるなり、社員たちの歓声が上がる。

「カッコイイ! アンコール!」

「だからアンコールは応えられないってば。でも少しは楽しんでもらえたかな?」

 苦笑している広樹の横で、すでに鷹緒はステージから下りていた。

「あ、もう鷹緒さんってば。アンコールしてるのに」

「何曲もやったらサプライズになんないだろ」

 社員の言葉にそう答えて、鷹緒は沙織のもとへと向かっていく。

「ん? おまえ、泣いてんの?」

 涙目の沙織の顔を覗き込んで、鷹緒が言った。

「ううん。泣く寸前……もう、鷹緒さんってば、カッコ良すぎだよ……」

「ハハ。惚れ直した?」

「うん。もう十分すぎるくらい。クリスマスマジックにもかかっちゃったよ……」

「そりゃあよかった。じゃ、帰ろうか」

 鷹緒の言葉に、沙織はその顔を見上げる。

「でも、まだパーティーは……」

「そろそろお開きだし、歌う代わりに片付けパスしていいって条件付きだから大丈夫。気付かれないうちに行こう」

 微笑む鷹緒の目は、優しく輝いている。それもまたクリスマスマジックなのかもしれないが、それでも沙織は嬉しくて頷いた。

「うん!」

 足早にパーティー会場を出た二人は、そのまま歩き出した。酒の酔いが一気に醒めそうなくらい寒い夜だが、クリスマスイブということもあってか、街は未だに賑わいを見せている。

「鷹緒さんが楽器弾けるなんて知らなかった」

 そんな沙織の言葉に、鷹緒は軽く笑う。

「ああ……ガキの頃にいろいろ習わされてたけど。ベースはあのバンドで初めてやらされたんだ。三崎企画時代にね。最初は自治会のクリスマス会でやることになったんだけど、それ以来、なんかクリスマスには恒例になっちゃって……久々だからちょっとミスったけど、あの曲は本当に練習したから、今でも覚えててよかったよ」

「本当にカッコ良かったよ」

 無邪気に笑う沙織の横で、鷹緒が突然立ち止まった。

「鷹緒さん?」

 沙織の目に、真剣な顔の鷹緒が映る。沙織は息を呑んだが、次の瞬間、鷹緒の顔が近付いてきた。

「……」

 気付けば商業施設のど真ん中。夜とはいえ人通りもまだあるが、その顔は今にもくっつきそうだ。なにより鷹緒は何も言わないので、沙織に緊張が走る。

「……人が見てるよ?」

「こんな夜だから、誰も見てないよ」

 鷹緒はそう言って、沙織にキスをした。すると魔法でもかかったように、周りのイルミネーションが輝き出す。

「ああ……ちょうどこんな時間か。ここ、時間になるとイルミネーションが増えるんだよな」

 そんな鷹緒の言葉にも、沙織は反応出来ないでいた。故意にしても偶然にしても、それは紛れもなく鷹緒が沙織にかけた魔法のひとつに思えたからである。

 鷹緒は沙織の手を取ると、静かに歩き出し、やってきたタクシーに手を上げた。

 タクシーの中で、鷹緒は黙ったままの沙織に不安になって、その顔を覗いた。だが沙織は、うっとりしたように頬を染め、その目を潤ませて鷹緒を見つめる。

 そんな沙織に、鷹緒は照れるように微笑んだ。

「おまえ、そんな物欲しそうな顔すんなよ」

「そ、そんな顔してないもん」

「そう? 俺はもう、自制心きかない寸前なんだけど」

「えっ……」

 やがて止まったタクシーから、二人は鷹緒のマンションのエレベーターへと乗り込む。

 互いに心拍数が上がった状態で、繋いだ手から緊張が伝わった。

「……またちょっと心配だな。さっき万里さんとか、鷹緒さんのことカッコ良いって言ってたよ」

 緊張に耐え切れず、沙織が口を開いた。

「べつに言わせとけば? 俺も少しは点数稼ぎたいし」

 そう言った鷹緒はいつもと変わらない声に思えるが、顔を見上げれば、真剣のような無表情のような、なんとも言えない複雑な表情を見せている。

「点数?」

「おまえが付き合ってる男が、少しはカッコ良く見えたほうがいいだろ?」

 そんな鷹音の言葉に、沙織は笑った。

「カッコ良すぎてモテすぎちゃうのは嫌だもん。ほどほどにカッコ良ければいいから、鷹緒さんは普通で大丈夫」

 それを聞いて苦笑しながら、沙織の肩を抱いて、鷹緒は自分の部屋へと向かっていく。自分も宗教上は関係ないのだが、街中が輝いている中で、鷹緒の心もまた珍しく高揚しているようだった。

「どうぞ」

 自宅のドアを開けた鷹緒に、沙織は軽く会釈をして中へと入る。ふと振り向きざまに、鷹緒の顔が近付いてくるのがわかった。

 まだ互いに靴も脱いでいない玄関先で、二人の唇が重なる。

「鷹緒さん……」

 恥ずかしそうに頬を染める沙織を見つめながら、鷹緒はそっと微笑んだ。

「スマートじゃなくて嫌?」

 荒々しい行為にも、沙織は首を振る。

「鷹緒さんになら、何されてもいい……」

 それを聞いて、鷹緒も顔を赤らめた。

「おまえ……それ他のやつに言うなよ?」

「え? うん、言うわけないよ……」

「行こう」

 靴を脱ぐ鷹緒に続いて、沙織もブーツを脱ぐ。途端に、沙織の身体が宙に浮いた。

「ちょ、鷹緒さん!」

「クリスマスだからじゃないけど、特別サービス」

 お姫様だっこの形で、沙織は身を縮める。

「やだ、怖いよ」

「じゃあ目つぶってな」

 鷹緒の言葉に、沙織は本当に目をつぶって鷹緒の胸に顔を埋める。それがとても愛しく思えて、鷹緒はそっと微笑み、その額にキスをした。

 やがてベッドに下ろされた沙織は、すかさず腕に下げていたバッグから、ラッピングされた小さめの箱を取り出し、鷹緒に見せた。

「クリスマスプレゼント」

 今度は鷹緒が驚き、ベッドに座って箱を受け取る。

「おお、サンキュー……開けていい?」

「うん。でも、そんな面白いものじゃないんだけど……」

 照れ隠しに言葉を続ける沙織の前で、鷹緒はラッピングの包みを開ける。箱の中には、革製の手袋が入っていた。

「すげえ。上等そうじゃん」

「いろいろ迷ったんだけど、鷹緒さんに似合うと思ってこれにしちゃった」

「ありがとう。嬉しいよ」

 まるで慣れていないように照れ笑いする鷹緒につられて、沙織も赤くなって笑う。

 やがて鷹緒の手が沙織の頬に触れ、唇が額や頬を伝う。

「鷹緒さん。メリークリスマス」

 思い出したように言った沙織に、鷹緒は笑った。

「メリークリスマス。沙織」

 重なり合った唇から、身体全体に火がついたように熱が帯びる。それに反して外は雪さえちらついていたが、今の二人が気付くことはない。

 聖なる夜に、二人の心もまた輝いていた。

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