102. たまに会った夜は……
ある日の正午を回る頃、事務所に出先から鷹緒が戻ってきた。
昼時でいつもより社員が少なく見受けられる中、鷹緒は慌ただしく自分の席へ向かい、机に貼られた伝言メモをチェックする。
するとそこに、社長室から広樹がやって来た。
「鷹緒。ランチ行くけど行かない?」
それを聞いて、鷹緒は顔を上げる。
「男二人で?」
「何を今更」
「悪いけど、出先で弁当もらったから……おまえ食う?」
言いながら、鷹緒は前の現場でもらった弁当の袋を差し出した。
「いいよ。おまえのだろ」
「いや。俺、今日はこのままオフだし」
「ああそうか。午後からオフだっけ。久々だな」
広樹の言葉に、鷹緒は苦笑する。
「やっと休みだからな。たまにはゆっくりするよ。弁当、よかったらもらって。どうせ誰かにあげようと思ってたやつだから」
「そう? じゃあ遠慮なく」
「ああ。じゃあ急ぎの仕事もなさそうだし、帰るな?」
「わかった。おつかれ」
「おつかれ」
鷹緒はホワイトボードに貼られた自分の名前の横に半休のマグネットを貼ってから、足早に事務所を出て行った。
「なんとか出られたな……」
事務所を出るなり、鷹緒はそう呟いた。長居すればするほど、自分に仕事が掛かってくることはわかっている。半月ほど前から押さえていた午後からの休みに、鷹緒はその足で近くにある家電量販店へと向かっていった。
夕方になって、鷹緒の携帯電話が鳴った。
『沙織です。今、大丈夫ですか?』
出るとすぐにそんな沙織の声が聞こえ、鷹緒は人知れず微笑む。
「ああ。そっち終わったのか?」
『うん。鷹緒さんは?』
「買い物してるけど、いつでも出られるよ」
『そう。じゃあ買い物して向かうね』
沙織の言葉に、鷹緒は空を見上げる。
「どこかで合流するか?」
『鷹緒さん、何処にいるの?』
「まだ会社の近くだけど……」
『じゃあ、私のほうが近いから早いかも。そのまま家に帰っていいよ』
「そうか? わかった」
『じゃあ、あとでね』
電話を切ると、鷹緒は腕時計を見つめた。いつの間にこんな時間になっていたのか、思えば買い物をして荷物も増えている。
「とりあえず帰るか……」
独り言を呟いて、鷹緒は自分の車へと向かっていった。
それからしばらくして、鷹緒が自宅マンションに帰ると、すでにキッチンに沙織の姿があった。
「おかえりなさい!」
元気よく言われたが、久々に見る自宅での沙織に、鷹緒は一瞬言葉を失う。
「おう。ただいま……」
「ごはん、もうちょっと待ってて」
「ああ、大丈夫……ちょっとシャワー浴びてきていい?」
「うん、どうぞ」
言葉少なめにそう交わして、鷹緒は風呂場へと入っていった。
(なんか調子狂うな……)
服を脱ぎながら、鷹緒は心の中でそう呟いた。説明のつかない気恥ずかしさのようなものがあるが、それを振り払うようにシャワーを浴びた。
それからしばらくして、食事を終えてリラックスした鷹緒は、同じくリラックスした様子の沙織の肩に少しだけもたれかかった。
それに気付いてか、沙織はふと力を抜いて鷹緒から離れると、鷹緒を見つめた。
「鷹緒さん。何を買い物したの?」
突然の話題に、鷹緒は首を傾げる。
「え?」
「久々のオフだったんでしょ? どこ行ったのかなって」
「どこってべつに……いつもの電機屋とか、服ちょっと見たりとか……」
「結構な荷物じゃない?」
部屋の隅に置かれた紙袋などを見て尋ねる沙織に、鷹緒は立ち上がると、袋を持って座り直した。
袋の中は角張った箱状のものが多く、鷹緒はそれらを出していく。
「なにこれ?」
「レンズ」
「ああ。カメラのレンズか……また買ったの?」
「またって……俺にとっては消耗品だしな」
鷹緒は苦笑しながら、箱の中を開けていく。
「高そう」
「まあ、安くはないかもな。おまえは買い物するとなると、どんなもの買うの?」
今度は鷹緒が質問するので、沙織は思い出すように天井を見上げた。
「うーん。やっぱり服が一番多いかな。あとは雑貨とか小物。ついつい買っちゃうんだよね」
「そんなんだから物が増えるんだよ」
「鷹緒さんに言われたくないよ。今日だってこんなにたくさん買ったんじゃない」
「ハハ。そっか」
「でも、よかった。久々にゆっくり出来たみたいで」
微笑む沙織に、鷹緒も微笑んだ。
「今度は一緒に休めるといいな」
何の気なしに言った鷹緒の言葉に、沙織は一気に頬を赤く染めた。
「う、うん」
恥じらう沙織が愛しくて、鷹緒も優しく微笑む。
「キスしていい?」
そんな鷹緒の言葉に、沙織が更に赤くなって頷く。
「き、聞くんだ……」
「黙ってしたら怒るだろ」
「そ、それは急にされた時で……」
「もう黙って」
沙織の目に熱くイタズラな瞳の鷹緒が映り、次の瞬間には二人の唇は触れ合っていた。
少し長めのキスから顔を離すと、沙織は尋常ではないくらい真っ赤になっている。
「そんなに赤くなるかね……」
「ひ、久々だし、ワイン飲んで酔ってるし……」
必死に言い訳する沙織に、鷹緒ももう直視出来ずに抱きしめた。
「俺も酔ってるかも……」
つられて鷹緒も顔の火照りを自覚して、互いに緊張が伝わり、かつ心地良さも感じて、しばらくそのまま抱き合っていた。