99. 僕の人生を変えた人
僕の名前は、木田俊二。
高校卒業と同時に専門学校に入ったのは、デザインが学びたかったから。もともとイラストを描くのも好きだったから、デジタルアートやグラフィックなんかを勉強して、ソッチ系に進めればと思っていた。
うちの学校は選択制。もちろんコースとしての大まかな括りはあるけど、僕が通っていたデザイン系コースには、カメラワークやフォトグラフの技術を学ぶ授業もあった。
「木田。今度カメラの授業も取らないか?」
僕にそう声をかけてくれたのは、CGデザイナーになりたいという同級生の天野だ。よくかち合うので、学校ではすっかり親友の位置にいる。
「カメラなんて興味ないよ」
僕はそう言い放って、パソコンへと向かった。
「そう言うなよ。写真素材を自分で撮影することもあるだろ」
「まあ、それは確かに……」
簡単に言いくるめられて、僕は初めて写真の授業を受けた。その時はカメラワークの授業で、フレームやら何やら意味さっぱりで、授業の途中で寝てしまったくらいの退屈さ。
「おい、木田。これから写真展行くぞ」
授業が終わって起こされた僕は、眠気眼のまま天野を見つめる。
「なんで? もう写真やだ……」
「新聞社主催のフォトコンテスト展覧会が今日までなんだってよ。とりあえず行っとけば、なんか学べんじゃねえ?」
「だから、カメラワークとかわからんし……」
「デザインだって黄金比とか一緒だろ」
「んなこと言ったって……」
僕は天野に引っ張られるようにして、学校の最寄り駅近くでやっていた写真展というものに初めて顔を出した。見たところ客もスタッフもオッサンばかりだが、好奇心旺盛な天野ははしゃいでいる。
「やっぱ有数のフォトコン受賞作だけあるよな。ああ、こんなのCGで作りたいな」
「結局CGなんじゃん」
僕の突っ込みにも、天野はひるまずに歩を進める。
「まったく……行きたいなら一人で行けよな。喉渇いたから、あっちにいるから」
それ以上は見る気になれず、僕はそう言い残して自動販売機コーナーへと向かっていった。そこもまだ展示会場内で、近くにも写真がずらりと並べられている。
確かにすごいと思える写真ばかりだが……だからどうした、という感じ。こんな時間があるなら、やっぱりデザインの授業を取っておけば良かったと後悔した。
その時、僕は奥の壁に飾られていた写真に目を奪われた。
「すげ……」
思わず口から出た言葉は、すごいの一言。山の上なのか、雲海から覗く空は朝焼けと星空が二分されている幻想的な写真である。
「え、これってCGじゃないの……?」
あまりに見事な写真で、僕は我が目を疑った。
「お、あったぞ、鷹緒」
その時そんな声が聞こえ、我に返った僕は背を向けて歩き始める。
「いいって、ヒロ。散々見たよ……」
「嘘つけ。ほら、おまえの作品の前で写真撮るんだから」
なんだがその声が気になって、僕はそっと振り向いた。すると、さっき僕が見とれてしまった写真の前に、背が高くて僕から見てもカッコイイと思えてしまう男性が立っていた。
え、あの人の写真? てっきりオジサンが撮ったものだとばかり思っていた僕は、何重もの衝撃を受けている。
「どこのおのぼりさんだ……早く撮れよ。恥ずかしい」
「笑えよ。記録なんだから」
「ふざけんな。ったく、用事があるから付いてきてとか言ったくせに、これがその用事かよ」
「おまえが授賞式以来、行かないからだろ。こっちは主催者から催促来てんの。最終日くらい顔出せよ」
そんな言い合いをしながら、若い男性たちが去っていく。
「木田?」
その時、後ろから天野に言われて、僕は天野を見つめる。
「天野……」
「どうした?」
「……もう一回、写真の授業出ようかな」
それから僕は、あの写真を撮った“諸星鷹緒”という人について調べた。十代はモデルをやっていたこと、僕でも知ってる写真家・三崎晴男の直弟子だったということ、現在はWIZM企画プロダクションという名の会社に勤めていること。
「決めた。僕、カメラマンになる」
そう決めたのは、それから半年にも満たない頃。天野でさえも、僕の転向には驚いていた。でも、なぜだか僕は魅了されてしまったんだ。不純な動機かもしれないけど、僕のくだらないプライドやつまらない人生を一瞬にして変えた。まるで恋でもしてしまったかのように、それから二年後には諸星鷹緒さんと同じWIZM企画プロダクションという名の会社に入ることになる――。