98. せわしい合間の帰り道
その日、鷹緒と沙織は同じ撮影からの帰りで、モデルやスタッフたちをやりすごし、鷹緒の車へと乗り込んだ。
「悪い。今日、仕事溜まってるから、家に送るだけになっちゃうけど……」
そう言って、鷹緒は後部座席に機材を置く。
「ううん。一緒に帰れるだけでいいよ」
答えながら、沙織は助手席に置いてあった紙袋を持ち上げ、座席に座った。
ふと紙袋の中を見ると、数枚のCDや雑誌が入っている。
続いて運転席に座った鷹緒は、すぐにエンジンをかけた。
「鷹緒さん。この中のCD、見てもいい?」
そう尋ねられ、鷹緒は沙織の持つ紙袋を見て思い出す。
「ああ、いいよ。今度やる写真集撮りのアーティストやモデルの資料だけど」
返事をしながら、鷹緒は車を走らせる。
「事前に聞いたり見たりするの?」
「まあ、どんな曲くらいかは聴いておかないと……モデルの表情とかも、他の雑誌とかあれば先に見られるだけ見るよ」
「勉強熱心……」
「自分が困ることになるからな。後ろに置いといていいよ」
微笑む鷹緒の横で、沙織は紙袋の中を興味深そうに見つめている。
「わあ。最近流行ってるよね、このアーティストさん。私も聴きたい」
「いいけど、撮影終わったらな」
「うん」
少し遠回りをしつつ、鷹緒は沙織の家へと車を走らせた。
「明日も撮影一緒なのに、なかなかゆっくり出来ないね」
ふと言った沙織に、鷹緒は目を伏せる。
「ああ……悪いな」
「ううん。わかってるし。私もロケあるし、撮影に向けて勉強しとく」
「ああ……じゃあまた、明日」
二人が毎日会えたとしても、それは仕事上の付き合いである。まったく会えないよりは良いとは思っても、やはりお互いに寂しさはあった。
沙織がマンションに入るのを見送って、鷹緒はため息をつく。気の利いた言葉も言えないが、沙織は自分のことを理解しようとしてくれているのはありがたかった。しかしその反面、申し訳なさもいっぱいになるが、抱えている仕事をすぐに片付けられない以上、先が思いやられる。
「ふう……」
深いため息をついて、鷹緒は目についた助手席の紙袋から、流行りのアーティストのCDを取り出し、車のオーディオ機器にセットした。
ふと見ると、もともと機器に入っていたCDは、BBの最新曲である。
「危ねえ……」
沙織に見つかったら、どんな空気になるのかと想像するのも嫌になりつつ、今更ながら隠すように、思わずそれを紙袋に入れた。
そうこうしているうちに、車内のスピーカーから街でよく流れている音楽が聞こえ、静かに車を走り出した。
すれ違う男女の心情を表したその歌は、鷹緒の心にも沁みたようで、脳裏には沙織の姿しか浮かばない。
「あとでもう一度電話でもするか……」
優しい笑みを零しながら、鷹緒は一人、家へと帰っていった。