97. GO-ing my way
僕の名前は、内山豪。地元じゃ超がつくほど有名で、高校も行かずやんちゃしてた時期もあるけど、街で撮られたスナップ写真で爆発的人気を得て、心を入れ替えて(?)東京でモデルとして出直すことになった。
正直、子供の頃からモテまくっていて顔には自信があったし、友達に僕より高い身長のやつもいない。僕は十代の無謀さも兼ね備えており、本当に自分が無敵だと思い込んでいた。
「今日からうちに入る、内山です。よろしく」
会社の中、会う人会う人に担当マネージャーという人が言ってくれて、僕はその横でペコペコとお辞儀をしながらヘラヘラと笑った。さすがモデル事務所というだけあり、すれ違う人も綺麗な顔立ちの人が多いけれど、やっぱり女性は地元の人間と同じで、僕に見とれるような顔を見せる。東京も、ちょろいもんだ――と、鼻で笑った時、後ろから僕らを追い越す人物がいた。
通り過ぎる瞬間、なんだかただならぬ雰囲気というか、これはやんちゃ時代の鼻が利くということなのか、とにかくとっさに身を縮めてしまうくらい、別世界の人物という気がした。
「あ、諸星君。この子、今日からうちに入る、内山豪です。よろしく」
後ろから声をかけられ、その人は振り向いた。
その雰囲気にすごい年上なのかと思ったけど、顔を見たら思いのほか若い。僕と同じくらいの身長があり、そしてその顔は、僕が負けたと思うほど綺麗だと思った。
「ああ、どうも……諸星です」
「諸星君。その荷物じゃ、今日はカメラマンか」
「アシですよ。さっき撮影終わったところで、データ渡しに来ました」
「いつもの如く、仕事が早いねえ」
「三崎さんですからね。じゃあ、失礼します」
その人がそう言って去っていくのを見て、僕は担当マネージャーの腕を掴んだ。
「あ、あの人誰?」
突然の僕の質問に、マネージャーは驚いた顔をして、やがて笑顔になる。
「彼は諸星君。一応モデルではあるけれど、本業はカメラマンのアシスタントなんだ。カメラマンの勉強の一環ってことで、無理やりモデルまでやらされてるみたいだけど……格好いいだろ?」
「うん、すっげえカッコイイ……」
素直に認めた僕が意外だったらしく、マネージャーは笑う。
「あははは。まあ、君も負けてないと思うけど。でも彼は本当に人気があるんだよ」
「あの人、何歳っスか?」
「うん? 確か十八……十九だっけ。君より一個か二個上かな」
「十九! やべえ……さすが東京。あれで本業モデルじゃないなんて驚き……」
「確かに彼が出る雑誌は売れ行きいいんだけど、なにせ本人が嫌がってるもんだからね。残念だけどあんまり出て来ないから、そんなにかち合うこともないと思うよ」
「そんな……じゃあ僕、ちょっと挨拶行ってきていいっスか?」
「え? ちょっと、内山君……」
了承も得ず、僕は諸星という人を追いかけていた。
その人はモデル部署の一角で一人の社員と話しており、パソコン画面を指差したりしている。
「諸星さん!」
僕がそう言うと、諸星さんは怪訝な顔で僕を見た。
「さっきの……?」
「ちょっとだけ、お話出来ませんか?」
「俺と?」
諸星さんは首を傾げると、やがて頷いた。
「じゃあすぐ終わるから、待っててもらえますか?」
「はい、いくらでも待ちます! 廊下にベンチがあったので、そこにいます!」
そう返事をしている間にも、諸星さんは社員の人と話を続けている。その時、僕の担当マネージャーが入ってきた。
「内山君。急にどういうことさ」
「すみません。あの人とちゃんと話してみたくて……だってそうそう会えないんでしょう?」
「そうは言ったけど……まあいいや。一通り挨拶も終わったしね」
「ありがとうございます。廊下にいますんで!」
いい子のふりは得意だ。僕がやんちゃしてたのは、甘い両親のおかげでもある。やんちゃと言っても、ただバイクで人より少し早く走ってたくらいだが。僕はただ心の荒んだ不良というわけでもなく、どちらかというと裕福寄りな普通の家庭で育ち、暴走族というのは僕にとってただ暇つぶしというか……たまたま仲の良かった友達がそっち系だっただけの話だ。
「……彼は?」
廊下に出て行くと同時に、遠くで諸星さんのそんな声が聞こえたが、僕は大して興味もなくて、その先の会話は聞かなかった。
「ああ、内山君ね。九州出身の逸材だよ。そこそこ不良やってたっていうけど、綺麗な顔立ちだから向こうで大ブレイク。確かにあの長身だし、高校も行ってないっていうから、こっちに呼び寄せたんだ。三崎さんにも渡しておいて」
「わかりました」
僕のプロフィールが諸星さんの手に渡り、それから数分して、廊下にあるベンチで待つ僕のところに、諸星さんがやってきた。
「お待たせしました……」
まだ何の話があるのかわかっていないはずの諸星さんは、未だ怪訝な顔で僕を見てそう言った。
「僕、内山豪といいます!」
「ああ、さっき聞きましたけど……」
「あ、そうですね」
僕は完全に舞い上がっていたが、そんな中でもその人を舐め回すようにじっくりと観察していた。
「それで、話ってなんですか?」
いざ聞かれると特に話したいこともなく、ただ諸星さんという人が知りたいだけである。
「ええっと……そう名前! フルネーム教えてください」
「……諸星鷹緒ですけど」
「もろぼしたかおさん……」
「本当、何?」
今度は諸星さんがそう笑って尋ねた。その笑顔がまたなんとも目を引く。
「俺……いや僕、あなたを一目見て憧れちゃって……」
「え……そっちのケの人じゃないよね?」
「そっちのケ? ああいや、至ってノーマルですよ、僕は」
苦笑している諸星さんに、僕もつられて笑った。
「じゃあ本当、何の話?」
「いやあ……確かにこんなこと急に言われても引きますよね。でも僕、今まで自分の相手になるような人知らなかったから……年は十九歳なんですか?」
「うん」
「僕は早生まれの十七です。学年は一個上ですね」
「へえ、そうなんだ」
社交辞令のように合わせてくれる諸星さんにも、僕は答えてくれるだけで嬉しく感じている。
「あの。師匠って呼んでいいんですか?」
「はあ? なんの師匠だよ」
僕が年下ということがわかったからか、はたまた僕が変な事ばかり言うから素が出たのか、諸星さんはさっきとは違う態度で苦笑している。
「ええっと……心の師匠? 東京の師匠!」
「変なやつだな、おまえ……俺、そろそろスタジオ戻らないといけないんだけど……」
「あ、そっか……でもそれだけ格好いいのに、なんでモデルやらないのかなって思って……やらないところがまたカッコイイっつーか……俺ならバンバン雑誌とか出るのに」
僕もまたやんちゃ時代の言葉使いに戻っていて、心を入れ替えて「僕」なんて意識的に言っていることも忘れていた。
「モデルならやってるよ」
「でもやらされてるんでしょう? あんまり出ないんでしょう? もったいないっスよ、師匠」
「俺はそういうタイプじゃないだけだよ。とにかく、そんな師匠とか呼ばれても困る」
「じゃあボス」
「却下」
「先生」
「ダメだって」
「先輩?」
「……まあギリギリだな」
お互いの妥協点を見つけて、僕たちは笑った。
「じゃあ先輩。引き留めてすみませんでした。でもあんまりモデルやってないから会うことも少ないって聞いて……」
「モデルやってなくても、カメラマンのアシスタントやってるから、ここのモデルとはよく会うけど」
それを聞いて、僕は目を輝かせる。
「本当ですか? なんだ。じゃあ無理に引き留めることもなかったな……」
「ああ、それでそんな切羽詰まってたのか……」
「いやでも、こうして話せてよかったです。東京って、先輩みたいにカッコイイ人いっぱいいるんですかね?」
「俺がそう見えるんなら、いっぱいいると思うよ」
たぶんそれは謙遜で、はたまた先輩が鈍感すぎるのか……事実、僕とタイマン張れる人は、後になっても先輩以外に出て来なかった。
「謙遜ですか?」
「違うよ。俺からしたら、君も他のモデルもみんな格好いいと思うよ」
「まあ確かに僕はモテモテでしたけどね。でも背は変わらないじゃないスか」
「そうかな……まあとにかく、そろそろ帰らなきゃいけないから……周りにも宣伝しておくよ。面白いモデルさんが入って来たって」
「お願いします! 営業かけてください!」
「ああ。じゃあまた」
そう言って、先輩は去っていった。
それからというもの、僕は会う度に先輩にまとわりついていた。それは主人を決めた犬のように、人間として先輩に勝てる気はしなくて、でもその強さのようなオーラのようなものに惹かれてそばにいたくて、それは周りから見れば、恋愛している女子のようにも見えたと思う。
新しい居場所、尊敬出来る先輩、何もかもがうまくいく、そう確信した十七歳の春だった。