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7-2. クリスマスだからじゃない (2)

 それから数週間後。街はクリスマスムード一色で、今日はイブというだけあり、恋人たちで溢れ返っていた。

 そんな街の一角にある地下ライブハウスでは、WIZM企画の社員たちがパーティーの準備をしていた。

「万里ちゃん、そこの壁に飾りつけお願い」

「はい」

 牧と万里が主力で動いているが、すでに飾り付けもクリスマスらしくなり、あとは人を待つだけである。

 そこに、鷹緒がやってきた。

「おつかれー」

「あ、鷹緒さん。おつかれさまです」

 受付にいた牧が出迎える。

「事務所行ったら誰もいねえし」

「今日はみんな直接ここに来るから、定時で閉めるって言ったでしょう? 一応、電話は転送してますけど」

「ったく、どんな事務所だ」

 苦笑しながら、鷹緒はコートを脱いだ。

「こんな事務所ですよ。社長がそうしろって言うんだからいいんです」

「その社長は?」

「モデル班についてってるので、後から来ます」

「そう。結構いい店じゃん。よく貸し切れたな」

 店内を見回して、鷹緒が言う。

「そうでしょう? いろいろ知人を伝ってやっと押さえたんです。とはいっても、もうすぐ改装されるらしくて、あんまりお客さんも入ってなかったとかで」

「へえ? で、なんか手伝うけど」

「その前に会費ください」

「ハイハイ……」


 それから数十分後。暇を持て余してテレビに見入っていた企画部の社員たちのもとに、パラパラとモデル部の社員たちがやってくる。

「おつかれさまです。お待ちかね!」

「やあ、遅くなったかな? 副社長たちは後処理で後から来るって。そんなに遅くならないと思うよ」

 そう言った広樹の後ろには、沙織がいた。沙織は鷹緒を見つけるなり駆け寄る。

 鷹緒は部屋の隅に座り、書類を広げている。

「鷹緒さん」

「おつかれ。おまえ一人?」

「うん。モデル仲間がいるとうるさいだろうからって、ヒロさんが隠すように連れてきてくれた」

「そう」

「鷹緒さんは、また仕事ですかー?」

「だっておまえら遅いんだもん……とはいえ、時間通りか」

 そう言いながら、鷹緒は仕事の書類をしまう。

 その時、テーブルの上にあった鷹緒の携帯電話が震えた。沙織の目にも“石川理恵”の文字が映る。

「もしもし?」

 鷹緒は気に留めず、電話の相手が理恵と知って、警戒心もなくそう応じた。

「ああ、オーケー。じゃあ万里に行かせるから、予定通りな」

 それだけを言って電話を切ると、鷹緒は不満げな沙織の顔を見て首を傾げる。

「なに?」

「なにって……」

 鈍感なまでの鷹緒に膨れる沙織だが、鷹緒は苦笑して、そんな沙織の膨れた頬をつつく。

「始めるぞ。ちょっと席外すけど、ここで待ってな」

 そう言うと、鷹緒は慌ただしく受付にいる牧と万里のもとへと駆け寄り、その後、広樹の腕を取った。

「社長、始めようぜ」

「待てよ、鷹緒。理恵ちゃんたちがもうすぐ来るから、それまで……」

「みんなお待ちかねなんだよ。それにおまえは話が長いんだから、さっさと開会のあいさつ始めてくれる?」

 鷹緒と広樹の会話に、周りの社員たちも笑う。

「そうですよ、社長。もうおなかペコペコ」

「副社長と俊二さんには悪いけど、それこそすぐ来ますって」

 社員たちの言葉に後押しされ、広樹はステージへと上がり、マイクを掴んだ。

「じゃあ、まだ二人来てないけど、始めようか」

「イエーイ!」

 早速盛り上がる中で、広樹は口を開く。

「えーと、みんなおつかれさま。今年は社員旅行に続き、クリスマス会まで出来て幸せを感じています。みんな忙しいのにこれだけのことやってくれて、この会のために頑張ることもあって、やっぱイベントは大事なんだなって感じました。だから……」

 その時、出入口のドアが万里によって開けられると、そこには大きなケーキを持った、理恵と俊二がいた。

「おお! もう二人が来てくれた。そんなに大きなケーキ、どうしたの!」

 驚いている広樹の横から、鷹緒がマイクを奪った。

「はい、社長の長い挨拶はこのくらいにして。社長、ちょっと遅くなったけど、誕生日おめでとうございます!」

「おめでとうございまーす!」

 鷹緒の掛け声と同時に、社員たちがクラッカーやらを広樹に向けて放つ。ステージ前に置かれた大きなケーキには、クリスマスの飾り付けではなく、「ひろきくん、おたんじょうびおめでとう」という、バースデイメッセージの装飾が施されている。

 十二月十日が誕生日だった広樹に、社員たちからのサプライズだった。当日は鷹緒たち数人と飲んでいたのだが、忙しい時期ということもあり、こうして大勢に祝われるのは本当に久しぶりのことだ。

「え、なにこれ……」

「みんな労ってんだよ。今日はクリスマスパーティーならぬ、おまえの誕生パーティーってわけ」

 驚く広樹に、鷹緒が説明する。

 そうしている間に、大きなケーキにロウソクの火が灯され、誰からともなくハッピーバースデイの歌が始まる。

 やがて歌が終わり、広樹はロウソクの火を消して、全員から拍手が湧き上がった。

「もう、なんだよみんな……びっくりした」

 広樹は驚きながらも嬉しそうに笑い、社員たちも満足げに笑う。

「じゃあ、こっから先は正真正銘のクリスマスパーティーだから。はい、グラス持って」

 すっかり司会の位置になってしまった鷹緒だが、鷹緒も満足げに笑いながら、グラスを掲げる。

「みんなグラス持った? じゃあ、今日も仕事おつかれさま。メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」

 やがて談笑が始まり、鷹緒はやっと沙織の元へと戻っていく。

「もう。ヒロさんの誕生日サプライズだっていうなら、言っておいてくれればよかったのに……知らなかったの、私とヒロさんだけなんておかしいよ」

 未だ膨れ面の沙織に微笑みながら、鷹緒はシャンパンに口をつけた。

「言い忘れてたのもあるけど、おまえは顔に出るしな……いいじゃん。ヒロだけじゃなくて、もう一人びっくりしてくれた人がいたってことで」

「もう。でもいいや。ヒロさんが感激してる姿、私も嬉しかったし」

「ああ。なんか食べる? 取って来てやろうか?」

 料理に群がる社員たちを見て、鷹緒が言った。

「ううん、大丈夫。自分で行けるし……でも、今日は恵美ちゃんいないんだね?」

 他に家族連れがちらほらいるので、沙織は辺りを見回して尋ねた。カマをかけている部分もある。その質問に答えられたならば、鷹緒は未だに理恵と仲が良く、そんな話をしているのだと推測出来るだろう。

「ああ、今日は友達の家でパーティーやって泊まるんだってさ」

 試されていることも気付かず、鷹緒は軽くそう答えた。途端に沙織の表情が暗くなる。

「そうなんだ……」

「うん」

「……」

「……なんだよ。また変なことで落ち込んでる?」

 一種の地雷を踏んだことにもまるで気付かない鷹緒に、沙織は顔を顰めた。

「変なことじゃないよ! でも……もう帰る」

 一気に血が上ったように、沙織は置いていた自分のバッグを掴む。

 その手を、鷹緒が強く握った。

「待てよ」

「痛い」

 ざわついている会場で、鷹緒と沙織がそんな険悪な雰囲気になっていることには、誰も気付かない。

 鷹緒は溜息をつくと、沙織を連れて会場の外へと出ていく。地下から地上に続く狭い階段の下で、二人は見つめ合った。

「なんなんだよ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」

 眉間にしわを寄せながら言う鷹緒に、沙織も意地になって口を曲げる。

「どうしてそんな命令口調なの?」

「おまえがわけのわからんことで、一人で勝手に怒ってるからだろ」

「怒ってるのはそっちじゃない!」

 平行線の会話に、鷹緒は溜息をついた。

「……わかった。よくわかんないけど、俺が悪いなら謝る。ごめん」

「なに、その言い方……」

「言っただろ? 俺は欠陥人間なんだ。言ってくれなきゃわかんないんだよ……おまえとこんなくだらないことで、喧嘩なんかしたくない」

 素直に謝る鷹緒だが、沙織にとってはくだらないことではないため、そこで許す気にはなれずに口を尖らせる。なにより、もう一歩も引けないほど意固地になった自分がいる。

 何も言わない沙織だが、思い巡らせて口を尖らせる姿さえ可愛く思えて、鷹緒は苦笑した。

「……なに笑ってるのよ。怒ってるのに……」

 一方で素直になれない沙織は、続けてそう言った。

 鷹緒は苦笑しながら、沙織の髪を撫でる。その顔は、もはやいつもの優しい鷹緒だ。

「だっておまえが可愛いから……」

 その言葉に、沙織は赤くなって俯いた。

「ずるいよ……そんなこと言って丸め込もうとして……」

「事実じゃ駄目なの? 言ってみろよ。なんで怒ってるんだ?」

 そう言った鷹緒の手を、沙織はそっと取る。

「……ごめんなさい。血が上ってた」

「いいよ。言って」

「……時々、心がグサッてなるの。鷹緒さんの電話に理恵さんから着信が来たり、仲良さそうな姿見たり、恵美ちゃんの今日の予定まで知ってる鷹緒さんが、ちょっと遠い人みたいで悲しい……」

 それを聞いて、鷹緒は溜息をついて頷いた。面倒な部分もあるが、理恵のことをすべて無に出来るほど離れていないのは事実だ。

「……うん」

「わかってるんだよ。電話はヒロさんのサプライズのためだったし、恵美ちゃんのことだって心配で聞いてたんだよね。わかってるけど……」

 頭がぐちゃぐちゃしているような沙織を、鷹緒は抱きしめた。鷹緒の腕の中で、沙織は涙を流す。

「ごめんなさい……こんなこと、言いたくなんかないのに……」

 泣いている沙織の髪を撫で、やがて鷹緒は沙織を離すと、ジャケットの内ポケットに入れていた小さな箱を、沙織の前に差し出した。

「……え?」

 何をしているのかわからずに、沙織は涙目のまま鷹緒を見上げる。そんな鷹緒は、優しい目で微笑んでいた。

「クリスマスプレゼント」

「……嘘。期待しても何もないって言ってたのに……」

「期待に応えられるようなもんでもないけどな」

 苦笑している鷹緒から小箱を受け取ると、沙織はその箱を開けた。すると中には、シンプルながらも綺麗な石のついたネックレスが入っている。沙織は驚いて鷹緒を見つめた。

「これ……」

「アクセサリーは苦手分野なんだけど……こんなんで大丈夫?」

 思わぬ鷹緒のサプライズに、沙織の目からまた涙が溢れた。

「もう、鷹緒さん……ずるいよ」

「気に入らなかった?」

「違うよ。嬉しい……ありがとう、鷹緒さん。ごめんね……私、まだ子供だね」

 抱きついた沙織に、鷹緒も抱き返す。

「俺は焦ってないよ。おまえが子供だとも大人だとも思ってない。でも、いつかこういう些細な心配事もなくなるような関係が築けたらいいんじゃないか?」

「うん……うん……」

「俺は不安材料しか持ってないけど、愛想尽かさずそばにいて」

「うん、私も……私のことも、見捨てないで」

「ハハ。そんなことしないよ」

 お互いの気持ちを確かめ合うように、二人はしっかりと抱き合った。

「そろそろ戻ろうか」

「うん」

 中に戻った二人だが、先程と変わらず各々が食事をしたり話をしたり、好き勝手にやっているようだ。

「これじゃあクリスマスパーティーじゃなくて、ただの飲み会だな」

 苦笑する鷹緒は、横目で沙織を見つめる。

「でも嬉しいよ。二人きりにもなりたいけど、みんなといるのも好き」

「……今日は家に泊まれよ?」

 鷹緒の言葉を聞いて、沙織は一気に顔を赤らめる。そんな沙織に、鷹緒は不敵に微笑んだ。

「おまえ今、やらしいこと考えただろ」

「違うよ!」

「ふうん? 俺は考えてるけど」

 からかいながらも本気のような鷹緒に、沙織は必死に抵抗しつつも期待に胸を膨らませる。

「嬉し恥ずかしだよ……」

 そんな沙織の言葉に、鷹緒は吹き出すように笑った。

「あはは。なんだそれ」

「ただでさえ、今日はイブで気分が嫌でも盛り上がるのに……」

「日本人って変だよな。ま、八百万の神だから、キリストでも誰でもいいのか」

「そういうこと言ってるんじゃないんだけど……」

「わかってるよ。クリスマスマジックだろ?」

「クリスマスマジック?」

「何もしなくても、いつもより気分が高揚してるから、無防備になったり、相手のこと良く見えたりする日」

「確かにそうかも……」

 鷹緒はグラスのシャンパンを飲み干すと、沙織を見つめた。

「おまえにもかけてやろうか? クリスマスマジック」

「え、どうやって……?」

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