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85. 波乱の恋

 豪から思わぬ告白を受けた翌朝、鷹緒は定時に出勤すると、無意識にモデル部署を見つめた。理恵はいつも通りすでに出勤しており、特におかしな節はない。

「おい、鷹緒――」

 その時、彰良がそう声をかけてきて、鷹緒は我に返る。

「あ、おはようございます……」

「おはよう。早いな」

「そうですか?」

「それより明日の企画会議、十八時半からにならない?」

「ああ……撮影あるんでギリギリかなあ」

「おまえが戻り次第始めるから、なるべく早く戻ってきてくれるか。今回、企画が多いから早めに始めたいんだ」

「了解です」

 そんな話をしている間に、理恵は外回りへと出かけていた。

 鷹緒は小さく息を吐くと、自分の仕事に戻った。


 夕方。鷹緒は地下スタジオで仕事をしていた。写真の加工など、根を詰めたい時はここでやることが多い。

 しばらくすると、理恵がやって来た。

「理恵……?」

「おつかれさま」

 それだけを言うと、理恵は鷹緒のアトリエを素通りして倉庫となる部屋へと向かっていく。

「……なんか探し物か?」

「うん。どうぞお気になさらず仕事続けて。私は定時上がりだし」

 理恵がそう言うので、鷹緒は気になりながらもパソコンに向かう。

 しかし、理恵は一向に出ては来ず、倉庫の中からドタドタと音が止まない。

「なに探してんだよ」

 業を煮やして、鷹緒が倉庫を覗いて言った。

「バーベキューコンロ」

「はあ? なんでそんなもん……」

「今度、恵美とお友達家族のお庭でやることになって……」

「あれ、俺の家にあるよ」

「え、ウソ?」

「前にバーベキューやった後、掃除してまたヒロがウチに持って来たんだよ。ここでいいって言ってるのに、ここの整理する前だからって……」

「そうなんだ……」

 残念そうに俯く理恵に、鷹緒は時計を見上げる。

「……もうすぐひと段落つくから、待てるなら取りに行きがてら送るぞ」

「待てるけど、来週末までに運んでくれればいいんだけど……」

「今週も詰まってるからなあ……行けるときに行ったほうが確実」

「まあ、そうよね。じゃあお願いします」

「ああ」

 鷹緒はパソコンに向かうと、冷めたコーヒーに口をつける。そうしている間に、温かいコーヒーがカップに注がれた。

「……サンキュ」

「ううん。そこに残ってたから……ここって便利よね。住めちゃうじゃない」

「まあ、少しずついろいろ買い足していったからな……ヒロすら知らない設備もあったりして」

 コーヒーを半分ほど飲み干して、鷹緒は立ち上がる。

「じゃあ行くか」

「もういいの?」

「ひと段落ついた。行くぞ」

「うん」

 二人は足早にスタジオを出て行った。


 家に寄り必要機材を積むと、鷹緒は理恵を連れて理恵の家へと向かっていく。

「悪いわね……でも助かるわ。たまのママ友付き合いなものだから」

「おまえ、俺がいなかったらどう運ぶつもりだったんだよ」

「そりゃあタクシーで」

「ったく……でも、俺もおまえと話したかったんだ」

「なに?」

 いつもの様子で聞かれて、鷹緒は押し黙った。ストレートに豪のことなど聞けるはずもないが、心配のが勝っている。

「なにって……」

 言葉を詰まらせる鷹緒に、理恵が静かに笑った。

「もしかして、豪のこと?」

「え?」

「鷹緒が言いにくいことと、私に対してそんな心配そうな顔するっていうのは、豪のことでしょ。聞いたのね……」

「……ああ」

「どこまで?」

 鋭く突っ込む理恵に、鷹緒は息を呑む。

「どこまでって……」

「まあ、私も昨日ちらっと聞いただけだけど……水かけて帰っちゃったから、その後は鷹緒のところにでも行ったんじゃないかと思って……」

「……どうして?」

 すべてを見透かしたかのような口ぶりの理恵に、鷹緒は首を傾げる。

「豪の性格はわかってるつもりよ……あの人は鷹緒や私に甘えてるのよ。怒らせるのが好きなの」

「……よくわかってるな」

「聞いた通りよ。豪は既婚者なんですって。また騙されちゃった」

 重い空気が流れて、鷹緒はたまらず煙草に火をつけた。

「……どうするんだ?」

「さあ……でもね。私、知ってたんだ……嵐から聞いてたの。つい最近だけど……」

「嵐が?」

「フランスから何度も電話がかかって来てるんだって。まあ、豪と嵐は一緒に住んでるんだから、バレるのは時間の問題だったよね。本人の口から聞くまでは信じられなかったけど、嵐のおかげで心の準備が出来てたし、聞いてもどこか他人事だった……」

 そう言う理恵の横顔を、鷹緒がそっと覗く。髪に隠れて表情までは見えなかったが、その声はどこか明るい。

「……俺、あいつのこと殴ってないよ」

「うん……私も、あいつのこと愛想尽かした。もうやめる。期待することも、待つことも」

「……そうか」

 残念なような安堵したような不思議な感覚が鷹緒を包み、もう何も言えなかった。


 理恵を送り届けた鷹緒は、地下スタジオへと戻っていく。しかし仕事が手につかず、何本も煙草に火をつける。

 その間、持っていた携帯電話が何度も震えるが、それは豪からである。豪が自分になにを求めているのか、鷹緒自身にもわかっていた。

「殴る価値もねえよ……」

 携帯電話を放り出して、鷹緒は目を閉じる。自分を捨てて豪を選んだ理恵。しかしそれを咎めるよりも、なぜだか理恵の幸せを願わずにはいられなかった。

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