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81. 新たな世界

 ある昼下がり。鷹緒が事務所に戻ってきた。

「おかえりなさい」

 まず出迎えるのは、牧をはじめ事務員たちだ。

「ただいま……牧。俺の名刺、追加しといて」

「わかりました。あと鷹緒さん、いくつか電話来てます」

「ん……」

 生返事をしながら、鷹緒は自分の席へ向かう。デスクの上には、いつものように伝言メモが貼られている。

「鷹緒。企画のメールも来てるぞ」

 席に着くなり声をかけたのは、企画部長の彰良である。

「ああ、はい……」

「またオーバーワークじゃねえの」

「常にですよ」

「大丈夫か? 一応は彼女持ちが」

「ああ……そういえば、全然連絡してないな」

「ったく。いくら惚れられてても、愛想つかされるぞ」

「あんまり笑えないですね……」

 そうは言いながらも、鷹緒は真剣な顔をしてパソコン画面に向かった。

 パソコンのメールをいくつか見ていると、ふと気づいてデスクに貼られた伝言メモを見つめた。メールの送り主と同じ名前である。

「鷹緒さん。荷物です」

 その時、そんな声がして、鷹緒は顔を上げた。

 目の前には牧がいて、大きな段ボール箱を抱えている。

「おい、大丈夫かよ……」

 あまりの大きさに、鷹緒は立ち上がってそれを受け取った。しかし、大きさの割にとても軽い。

「大丈夫です。すごい軽いんですよ」

「差出人は?」

「あ、この方、先ほどお電話いただいた……」

「ああ、メールも来てた。ったく、嫌な予感しかしねえな……」

 鷹緒が段ボール箱を開けると、中には数枚の紙がクリアファイルに入っている。どうやら企画書のようだ。

 ため息をひとつつくと、鷹緒は事務所の電話を取って、送り主に電話をかけた。


『はいはーい』

「諸星ですが」

『やっと連絡ついた。そろそろかと思ってたけど、ここまでしないと君は電話をくれないのかな』

「電話にメールに宅配便……ここまでされたらさすがにな」

『その前のFAXは二週間前に送ってるんですけど?』

「俺が悪かったよ……でも無視したわけじゃなくて、今クソ忙しいんだよ」

『ふうん……電話、事務所からかけてるんだ。じゃあ今から事務所に行けば会えるかな?』

「今から?」

『ちょうど近くにいるから』

 鷹緒は折れたように苦笑する。

「わかった。今日は夕方まで空いてるから、いつでもどうぞ」

『じゃあ、あとで』

 電話を切ると、鷹緒は頭をかいて入口付近を見つめる。

「牧。応接スペース空いてる?」

「Bなら空いてますよ」

「じゃあ使う。一人、客が……」

 その時、一人の男性が入ってきた。背は低めだが、中肉中背のスーツ姿の男性は、見た目にも好青年に見える。

「いたいた。鷹緒君」

「早いな……本当に近くにいたんだ?」

「僕も今日くらいしか空いてなくてさ……急に悪いね。僕も勝負の日なんで」

「なんだそれ……こちらどうぞ」

 鷹緒が応接スペースに案内すると、男性はすかさず名刺を差し出してきた。

「改めまして、諸星諒もろほしりょうです」

「知ってるけど……」

「役職変わったからもらって」

 そう言われて、鷹緒は名刺の肩書きを見る。そこにはとあるテレビ局のプロデューサーと書かれている。

 諒は鷹緒の父方の従兄弟であるが、取り立てて仲が良いわけでもなければ、まったく会わない仲ではない。少し年下でもあるため弟のような存在で人懐っこく、子供の頃から鷹緒にくっついて回っていた印象がある。

「へえ。出世したな」

「まだまだだよ。企画書、見てもらえた?」

「ああ……でも悪いけど俺、テレビは出ないよ」

 鷹緒の言葉に、諒は口を曲げる。

「返事が早いよ……他局のテレビには出たくせに(※FLASH2)。僕の番組は出られないって言うの?」

「よく知ってるな……あれはやむを得ずだよ」

 そこに牧がお茶を入れて差し出し、去っていった。それを尻目に諒が口を開く。

「鷹緒君。聞くだけ聞いてよ」

 説得するような目をしながら、諒は企画書をテーブルに置いた。

「僕、この番組にかけてるんだ。スペシャル番組で一回だけ。二時間の特番だよ」

 そう言われて、鷹緒は企画書をめくる。

「……俺に何をして欲しいの?」

「この番組は、芸能人が趣味や特技を披露して、それをプロの目線で順位付けしてもらう。鷹緒君でいえば写真だね。例えば、同じ被写体を数名の芸能人が撮る。それにはもちろん鷹緒君にも参加してもらう。その後、出来上がった写真を批評してもらい、鷹緒君の写真も披露する。それに関してはVTRで構わないし」

「はあ……」

「あまり遠出出来ないから、どこかのスタジオで簡単な撮影になると思う。他には、フラワーアレンジメントや、書道、シルバーアクセサリーとか、いろんな分野の先生に頼むけど、写真だったら僕は鷹緒君しかいないと思ってる」

 そこまで言われても乗り気しない鷹緒だが、諒の熱意は一向に覚める気配がない。

「……気乗りしないなあ。フォトグラファーなんていくらでもいるだろ。マスコミ慣れしてるお偉方だって」

「そこに関しては、鷹緒君もよっぽど有名人だと思ってるけど」

「親戚の欲目だろ。悪いけど、俺は……」

「どうしたらいい?」

「どうしても駄目だよ」

 頑なな鷹緒を前に、諒は封筒を差し出す。

「前金」

「……おまえも偉くなったなあ。金の問題だと思う? なんで俺が……」

「華やかだからだよ」

「はあ……」

「若くも年寄りでもない中堅。名前もそこそこ売れてて実績もある。しかも映像映えするルックス。これ以上の人いる? ギャラなら他より弾むよ」

 手を頭の上で組んで、鷹緒はどうやって逃れようか顔を顰めていると、途端に沙織の顔が浮かんだ。

「……ゲストは? パネラーは何人?」

「え、いや……まだ決めてないけど。でも何チームかを組ませるつもりだよ。誰が一番か予想する番組になるから」

「じゃあ、条件一。うちの事務所のタレントを使ってほしい」

「いいよ。推してる子いるの?」

「大半がモデルだけどね」

 鷹緒もビジネスの顔になって、部屋に常備置かれている自社タレントの一覧資料を取り出して見せる。

「へえ。島谷綾也香さん、ここに移籍したのか」

「あとは原田麻衣子と小澤沙織。この二人はセットで売り出してるから使って」

「ってことは、オーケー?」

 深いため息をついて、鷹緒は諒を見つめる。

「条件二。俺のスタジオ出演はやめてくれ」

「なんで?」

「VTRでいいって言ったろ」

「まあいいけど……残念だな。何人かはスタジオでレクチャーして欲しかったんだけど」

「ギャラは企画書の通りで構わない。以上」

「まあ、とりあえず引き受けてくれたんだから、今日のところはここまでにするか。ありがとう、よろしく」

 手を差し伸べる諒に、鷹緒も苦笑して握手した。

「まあ……おまえが頑張ってる姿見られてよかったよ」

「見せたかったから、どうしても引き受けてもらいたかったんだ」

「ああ。なかなか会う機会もないしな」

「……僕は叔父さんに会ってるよ。たぶん鷹緒君よりも」

「……だろうね」

 鷹緒はタレントファイルをしまうと、もう話は終わりとばかり立ち上がる。

「ちょっと……一服しない?」

 空気を察した諒が、煙草のジェスチャーをしたので、鷹緒は頷いた。


 二人きりの喫煙室で、二人は煙草に火をつける。

「おまえ、煙草吸うのか」

「たまにね。僕、鷹緒君に憧れてたし」

「変なこと言うなよ」

「ねえ。たまには家に顔出してよ。うちの両親も会いたがってるし、ばあちゃんも……」

 そう言われて、鷹緒は横目で諒を見つめる。

 諒の父親は本家と呼ばれる家柄で、鷹緒の父親の兄である。本家は静岡にあり、そこに祖父母もいるはずだ。子供の頃は正月の度に行ったものだったが、もともと親の代から良好な関係ではなかったこともあり、今ではまったく連絡を取っていない。

「おまえ、そんなこと言うためにここに来たの?」

「まさか。これは立派なビジネスだよ」

「じゃあくだらないこと言うなよ」

 鷹緒の言葉に、諒は俯く。

「なんか……嫌なんだよね。親の代からあんまりいい関係じゃなかったじゃない? 叔母さんだって寄り付かないし……でも従兄弟の僕らには関係ないじゃん。鷹緒君も大人なんだし、いい加減お父さんと和解してくれないと、うちみたいに本家と分家とかで分かれちゃうよ」

「……俺は本家の重み背負ってるおまえの家族の気持なんかわからねえし、親父と和解する気なんてねえよ。もっと言うと、おまえとビジネス以外の話をする気もない」

「でも僕たち、家族だよね?」

「まあ、血縁は切れないからな」

 その時、喫煙所のドアが開いて、沙織は顔を覗かせた。

「こんにちは……」

「おう……帰り?」

「はい。今終わって……すみません、お話し中に」

「いや、こっちももう終わり……先に紹介しておくか?」

 鷹緒が諒を見ると、諒は首を振る。

「僕からするよ。はじめまして、諸星諒といいます。テレビのプロデューサーしてるので、以後よろしくお願いします。近々話が行くと思うので……」

 名刺を差し出す諒に、沙織は喫煙室へと入ってきた。

「WIZM企画所属の小澤沙織です。よろしくお願いします」

「最近、テレビでもよく見ますね」

「ありがとうございます。モロボシって……」

 名刺を見つめる沙織に、鷹緒は煙草の火をもみ消す。

「仮名振ってるだろ。モロホシって」

「そう。そこよく間違えられるんだよねえ。僕は本家でモロホシっていうので、以後お間違えなく」

「そんなの気にしてるの本家くらいだけどな。うちは分家だからかそんなの気にしたことないけど」

「気にしてくれよ。自分のルーツでしょ」

 仲良さげに話す二人に、沙織はパチパチと大きな目を瞬きする。

「あの……お二人は?」

「親戚なんだよ。父親同士が兄弟。従兄弟なんだ、僕たち」

 すかさず言った諒に、鷹緒も口を開く。

「諒。こいつも俺の親戚なんだ。俺の従兄弟の娘」

「マジで? じゃあ僕の遠い親戚ってことじゃん」

「俺ですら結構遠い親戚なんだけど……」

「いやいや、それはなんか嬉しいな。企画、絶対君で通すよ」

「企画……?」

 首を傾げる沙織に、鷹緒が近づいていく。

「あとで話すよ。じゃあ諒、とりあえず今日は……」

「うん。突然だったのにありがとう」

「おまえの作戦勝ちだな」

「イヒヒ……鷹緒君相手じゃ、変化球も必要だからね。じゃあ、また連絡させてもらうから」

「ああ。おつかれ」

 諒を見送って、鷹緒はもう一本、煙草に火をつける。

「びっくりした。鷹緒さんの親戚って……」

「ああ……あんまり会わないんだけど、父方の親戚の中では一番会うかな。東京に住んでるし……」

「そうなんだ。何か企画があるの?」

「気乗りしないけどな……まあ、おまえらの世界が広がるならいいかと思って」

「え?」

「なんでもない。今日は定時で上がれると思うけど、どうする?」

 急にプライベートな話になり、沙織は満面の笑みを零した。

「待ってる。時間あるから、一回家に帰るけど……」

「じゃあ、帰りに寄るよ。仕事溜まってるから、長居は出来ないけど……」

「定時に上がるのに、家で仕事するの?」

「家のが捗る仕事するんだよ」

「まあ、いいや。うちらモデルも忙しい時期だしね。待ってるね」

「ああ」

 鷹緒は沙織を見送ると、煙草の火を消して仕事へと戻っていった。

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