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79. 心が安まる場所

 沙織は仕事から自分の部屋に帰ると、軽く片付けてキッチンに立った。

「ごはん食べるかな……」

 先程、鷹緒から会議後に寄るという話を聞いてとりあえず帰って来たものの、ただ立ち寄るのか食事はどうするのかなど、何も聞いていない。

「とりあえず作ろうっと」

 そう言って冷蔵庫を開けると、料理を始めた。


 それから数時間後。沙織のおなかが鳴る。

「もうこんな時間か……食事は済ませてくるのかな。ドタキャン……かもしれないな」

 何度もあったことなので、自分が傷つかないように、沙織は最悪の状況を考えて、冷めた料理を前に箸を取った。

 その時、部屋の呼び鈴が鳴る。

 玄関に走ると、そこには鷹緒が立っていた。

「悪い。遅くなった」

「ううん、いいの……」

「お邪魔します」

「どうぞ」

 少し緊張気味に、沙織は鷹緒を部屋に招き入れる。鷹緒がここに来るのは久しぶりのことだ。

「鷹緒さん、食事は?」

「軽く巻き寿司つまんだだけ」

「じゃあ、少し食べる? 肉野菜炒めだけど……」

 テーブルの上に置かれた冷めた料理を見て、鷹緒は眉をひそめた。

「待っててくれたのか? 食べるよ」

「ううん。待ってたっていうか、なんか時間が過ぎてったって感じで……無理して食べなくていいからね。ビール飲む?」

「ああ。飲む」

 沙織は料理を温め直すと、ビールとともにテーブルに置いて鷹緒の横に座った。

「いただきます」

 食事を始めながら、沙織は鷹緒を見つめる。

「……会議、長かったね。今日は事務所閉めるのも早かったのに」

「駅前開発プロジェクトのコンペ前だから。最終調整」

「コンペなんて聞くと、うちの事務所は企画会社でもあるんだなって思う」

「ハハ。なんだ、それ」

 鷹緒はかき込むように食べると、やっと落ち着いたようにラブソファへ座り直した。

「ごちそうさま。おまえはゆっくり食べろよ」

「うん」

 先に食事を終えた鷹緒を尻目に、沙織は食事を続けながら、ちらちらと鷹緒を見つめた。その視線に気づいて鷹緒は首を傾げる。

「なに?」

「え? ううん。べつに……」

「見慣れないほど会ってないわけじゃないだろ」

「違うよ。ただ……落ち込んでたっていうから、どうしたのかなって」

 それを聞いて、鷹緒は仕事の脳から現実に引き戻された気がした。しかし少し時間が経って、それもまた薄れてきた気がする。

「ああ……べつに言うほど落ち込んでねえよ」

「でも……」

「今だって忘れてたくらいだし。気にしなくて大丈夫だよ」

「……それならいいけど」

 沙織は鷹緒の言葉を信じることにしたが、義理の母親が事務所に来たことだけは知っている。そのことで鷹緒はどんな思いをしたのかだけは、出来れば知りたいと思った。

「お……お客さん、来てたんだって?」

 そう言われて、鷹緒は沙織が知っていることを悟り、苦笑した。

「やけにしつこいじゃん」

「……鷹緒さんは、やけにかたくな」

「そう?」

 言いながら、鷹緒はビールに口をつける。

「大丈夫なら、いいんだけど……」

「いいんだけどって顔じゃないな。でも大丈夫だよ。なんとも思ってない人だから」

 鷹緒はそう答えて、食べている沙織の髪をそっと撫でた。沙織の心が少し痛む。

「なんとも思ってない人……」

「……そう。なんとも思っていない人」

 そう言った鷹緒の言葉が嘘でも本当でも、鷹緒は傷ついているはずだった。しかし沙織はもう何も言えず、箸を置いて鷹緒の腕を抱きしめる。

「抱きしめるなら、ちゃんと抱きしめて」

 鷹緒がそう言って手を広げるので、沙織は鷹緒に抱きついた。

「馬鹿だな。なんでおまえが傷ついた顔するんだよ」

 苦笑する鷹緒を、沙織が心配そうな顔で見つめる。

「だって……鷹緒さんが傷ついているから」

「俺は大人なの。こんなんで傷ついてたら、とっくの昔に死んでるよ。大丈夫だよ」

「うん……もう何も聞かないから……」

「……大丈夫だよ」

 沙織を抱きしめながら、鷹緒はそっと目を閉じた。どれだけ沙織に救われているかわからない。一人になれば引き込まれそうなほどの闇が襲うこともある。それでも、今日不意に会いたくない人物に会い、聞きたくない話を聞かされ、未来を脅かすかもしれないことになろうとも、鷹緒の心はここにあった。

 鷹緒は沙織を抱きしめながら、沙織の背中に手を差し入れる。

「んっ」

 驚いた沙織は、とっさに身を起こした。目の前には、さっきと打って変わって悪戯な目をした鷹緒が居る。

「嫌?」

「い、嫌じゃないけど……突然っていうか、まだ会ったばかりっていうか……」

「じゃあいつならいいんだよ。風呂入って寝る準備したらいいの? その方がよっぽどエロくねえ?」

「鷹緒さん、もう黙って!」

 顔を真っ赤にした沙織は、鷹緒から離れて取り繕うようにテレビのチャンネルを変えた。

「沙織ちゃん。こっち向いて」

「……何もしない?」

「おまえが嫌がるなら」

「鷹緒さん、ずるいよ。私、翻弄されてばっかり」

「ハハッ。そう思ってるのは、おまえだけだよ。おいで」

 鷹緒は沙織を横に座らせると、じっと沙織を見つめた。沙織も見つめ返すので、鷹緒はそっと俯いて苦笑する。

「そんなに見つめるなよ」

「だって……」

「キスしていい?」

「……ダメ」

「駄目?」

「今日は私からするんだから」

 途端、沙織から唇を奪われたが、鷹緒はそのまま沙織を抱きしめてキスを返す。どちらが上位に立っているのかわからなくなったが、その時の二人にとっては関係のないことだった。

 二人はそのまま何度も唇を重ねた。 

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