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77. プライドと秘密

「また映画?」

 ある日、鷹緒が少し嫌そうにそう言った。そうは言っても前に一度行ったきりなのだが、鷹緒にはあまり映画を見る習慣がないらしく、苦い顔をしている。

 しかし目の前の沙織は、潤んだ瞳で鷹緒を見つめていた。

「駄目……?」

 そう言われれば、鷹緒も逃げ場がないほどに愛しい。

「べつに駄目ってわけじゃないけど……」

「バラエティとはいえ情報番組やってるわけだから、いっぱい本読んで出来るだけ映画も見たいんだ。せっかく久々のデートだし」

 沙織が言うのは、麻衣子とやっている週末の情報バラエティ番組のことだ。二人は準レギュラーとして月に一度リポーターをやっている。今日はやっとこぎつけたデートということもあり、恋人らしく映画でも見たいと提案したのだった。

 そんな沙織に、鷹緒は苦笑しながら頷いた。

「わかったよ。ただしアクション映画な」

「よかった。この間は麻衣子と行ったんだけど、今日見たいのは、もう麻衣子は見ちゃったんだって」

 二人はそのまま映画館へと向かっていった。


「わあ……満席だね」

 映画館内を見回す沙織の頭を、鷹緒が軽く叩く。

「あんまり見回すなよ。おまえ、目立つんだから」

「鷹緒さんに言われたくないんだけど……でも、なんで真ん中寄りじゃないの?」

 座席を取ってきた鷹緒に、沙織が少し不満気そうにそう言った。

「カップルシートがないって言うから。こっちのがゆっくり出来るじゃん」

 鷹緒は端にある二人掛けのシートを差して言う。これもまた二人のずれというものだろうが、お互いに譲歩出来る部分でもあるため、沙織はそれ以上言わずにシートに座った。

「もしカップルシートが空いてたら、私たちのことバレちゃうかもしれないよ?」

 沙織の言葉に、鷹緒は苦笑する。

「だったらこの席もヤバかったかな。やっぱり映画は女友達と行けよ」

「もう。それでも限界があるんだってば」

「おまえ、映画好きなんだな」

「言うほどじゃないけど……鷹緒さんはあんまり見ないんだ?」

「家で見られるじゃん」

「そんなのつまらないよ」

 そんな会話をしていると、おもむろに鷹緒が立ち上がった。

「鷹緒さん?」

「ホットドッグ買ってくる」

「今から? ポップコーンもあるのに……それにもうすぐ始まっちゃうよ」

「急に食いたくなった……すぐ戻る。始まってもしばらくは予告だろ」

 そう言って、鷹緒が映画館を出ていってしまったので、沙織は軽く溜息をついて、鷹緒が帰ってくるのを待った。

 それから五分ほどで鷹緒が戻ってきた。しかしすでに会場は暗く、映画の予告が始まっている。

「遅いよ……」

「悪い」

 沙織の隣に座るなり、鷹緒は沙織の手を握る。そんな行為に、沙織は嬉しそうに鷹緒の横顔を見つめた。

「鷹緒さん、前に映画見た時も繋いでくれたね」

「嫌?」

「全然。嬉しい……ドキドキする」

 沙織が頬を赤く染めているのが、スクリーンの明かりだけでもわかる。

 鷹緒は優しく微笑むと、逆の手で買ってきたホットドッグを沙織に差し出し、二人の間に置かれたポップコーンに手をつけた。


 その夜。二人が食事をしていると、鷹緒の携帯電話が鳴った。見ると、社長の広樹からである。

「もしもし?」

『休み中にごめん。今から来られる?』

 急な呼び出しに、鷹緒は苦笑する。

「なんかトラブル?」

『そうじゃないんだけど、今日はデートだって聞いたから、近くにいるんじゃないかと思って……ほら、駅前開発プロジェクトの件。企画書出来たら早急に教えろっておまえ言ったじゃん? さっき出来たんだけど、明日の昼間は僕も彰良さんも外回りで打ち合わせ出来ないから。夜の会議前に打ち合わせする時間ないだろ。会議中に詰めるのでも構わないけどさ……』

 話を聞きながら、鷹緒は沙織を見つめた。沙織はすでにわかっているのか、了承の頷きを見せてくれている。そろそろ食事も終わりの時間でもあったので、タイミングも良い。

「わかった。メシ食い終わったらすぐ行くよ」

 鷹緒は電話を切ると、沙織を見つめた。

「明日もおまえ、休みなんだろ? 打ち合わせだけですぐ終わると思うから、今日泊まっていけよ」

 命令口調の鷹緒にも、沙織は素直に嬉しく感じて頷く。

「うん。何の打ち合わせ?」

「駅前開発プロジェクト」

「ああ……駅前の商業施設がリニューアルするんだよね?」

「そう。でも半年くらい工事が続くから、殺風景になるだろ? そうならないために派手にしようって、何社かで企画立ててるんだ。うちのが通ればデカいこと出来るからさ」

「力入れてるんだね」

「まあな」

 仕事の話をしている鷹緒は、いつにも増して輝いて見える。忙しいのは残念だが、そんな鷹緒を好きになったのだと、沙織は改めて感じていた。


 食事を終えた二人は、そのまま会社に向かう。今日はもうすでに人はほとんどおらず、企画部部長の彰良と社長の広樹が、社長室で企画書を広げていた。

「おお、鷹緒」

 全開に開いていた社長室のドアの向こうから、広樹が手招きする。

「お待たせ」

「いいよ。ごめんね、沙織ちゃん。またデートの邪魔しちゃって」

「いいんです。映画観終わった後だったし」

 沙織は首を振ってそう言った。すると、広樹と彰良が驚いた顔を見せる。

「映画! おまえが?」

 広樹と彰良が同時に言ったので、鷹緒は苦笑した。

「無駄に驚かないでくれます?」

「ああいや……まあ、座れよ」

 広樹もまた苦笑してそう言うと、鷹緒は彰良の横に座る。それと同時に、彰良が書類を差し出した。

「これが企画案。この間出た意見はまとめたつもり。あとはおまえの意見が聞きたいんだけど」

「すみませんね。部長にそこまでやらせて……」

「とんでもございません」

 打ち解けたようにそう言い合いながら、鷹緒は彰良の書いた企画案を見つめる。この会社では、担当が決まれば社長でも企画書をまとめる役まで担う。今回の担当は部長の彰良である。

 沙織は少し離れた薄暗い社内のフリースペースで、携帯をいじりながら鷹緒を待っていた。

「基本的にはいいですけど、もう一発何か欲しいよね」

 企画書を読み終えて、鷹緒がそう言った。

「もう一発ね……俺も思うよ」

「他社が出来ない案出さないと。このままなら同じような企画が出て来るかも」

 ライバル会社の企画がどんなものかわからないが、大きな仕事のため、会社一丸となって企画を立ち上げようとしている熱意が互いに伝わる。

「うちにしかない強みといったら……おまえみたいなカメラマンがいることと、モデルやタレントに直結してること?」

 広樹が言った。ライバル会社は企画会社のみのため、広樹の会社とは根本的に形態が違うのが強みでもある。

 そんな広樹の言葉に、鷹緒は頷きながら裏紙に簡単な絵を描き始めた。

「じゃあそうしよう。ファッションショーとか撮影会とか……イベント事でもう一案入れればいいんじゃない。とりあえずこんな感じだけど、明日の会議はデザイナー呼んで、頭の中整理するよ」

 鷹緒はそう言って、自らの考えを絵にして二人に伝える。

「なるほどね。なんか保険みたいな感じだけど、確かにうちにしか出来ないな」

「なんなら駄目押しで、もう一個保険つけとけばいいよ。テレビでも雑誌でも、組めるところはたくさんあるだろ。それでもたぶん、ゴチャゴチャしないはずだけど」

「おまえ、仕事となると本当に頭の回転早いよな」

「褒めてないよな?」

「まあね。でもおかげで画になった。彰良さんは?」

 そう尋ねる広樹に、彰良も得意げな顔で笑う。手ごたえを掴んだようである。

「いいと思う。やっぱり会議は三人じゃないとまとまらないよな」

「確かに」

「じゃあ俺、ここらで帰るわ。明日の会議までにもう少しまとめておく」

「了解。お疲れ様です」

 先に彰良が帰り、鷹緒は胸ポケットから携帯電話を取り出す。少し前に来たらしいメールは、沙織からのものだ。

「沙織から……?」

 さっきまでそこにいたはずなので首を傾げる鷹緒に、広樹は困った顔をする。

「あ……帰っちゃった? 遅くなって怒らせちゃったかな」

「いや、近くのコンビニで買い物してから戻るって」

「そう。よかった」

「心配しなくても、あいつはそんなに心狭くないよ」

 鷹緒の言葉に、広樹は笑みを零した。

「信頼してるんだな」

「じゃないとやっていけねえよ」

「言うことが深いねえ……でも、言ってないんだろ?」

「何を?」

「映画館嫌い」

 それを聞いて、鷹緒は眉を顰める。

「いつの話だよ」

「あれ、もう治ったのか?」

「どうかな……でもなんか、俺のが年上だからかな。守ってやらなきゃならない存在がいるって、結構強みなのかもしれないよ」

「だったらいいけど……無理しすぎるとまた爆発するぞ? 言って楽になっちゃえばいいのに」

 そんな広樹に、鷹緒は笑って立ち上がった。

「無理して見える?」

「見える」

「即答かよ……」

 苦笑する鷹緒を見て、広樹は真顔で口を開く。

「恥ずかしがってる場合じゃないんじゃないの? 一応、結婚だって考えてるんだろ?」

「……なんでもかんでも言って、こっちだけが楽になっても仕方ないだろ。あいつが背負うもの無駄に大きくしたくねえし。言いたくないってのもあるけど、あいつ純粋だから……そんなことで気を使わせたりして潰したくない」

 そう言いながら、鷹緒は窓際に向かって目を伏せた。

「おまえさ……たぶんずっと一人でいて、いい感じでガス抜き出来てたんじゃない? やりたくないことはやらないだろうし、人と居たい時は適当に飲んだりしてただろ。でも沙織ちゃんと付き合ってさ、仕事減らしたり持ち帰ったり、飲みに行かなくなったり、なんか無理してるっていうか……」

「言ったろ。少しくらい無理しなきゃ、人と付き合えないって。それは世間の人間も同じじゃねえの?」

 社長室の窓から外を見つめ、鷹緒は軽く微笑む。

「そうだけどさ……たぶんだけど、理恵ちゃんとうまくいかなかったのも、そういうところなのかなって、最近のおまえ見てて気付いたよ」

「あっそ……余計なお世話だけどな。それにおまえは心配性だから」

「そう言われちゃしょうがないけど……」

「それにさ、本当はおまえが言うように、俺は他人となんて付き合えない人間だと思うよ。だから多少の無理は覚悟してる」

 そう言ったところで、鷹緒はふと気になって、社長室の入口からオフィスを覗いた。すると、いつの間に沙織が戻ってきていて、フリースペースでペットボトルの紅茶を飲んでいる。

「あ……悪い、沙織。戻ってたのか」

「うん……あ、これ。差し入れ」

 ドアが全開だった社長室は、中の会話も丸聞こえだったはずだ。話を聞いていたのがわかるかのように、沙織は気まずいまでの雰囲気を出して鷹緒に苦笑した。

「ああ……もうヒロしかいないから一本でいいよ。帰ろう」

 鷹緒はそう言ってペットボトルのお茶を受け取ると、社長室に戻って広樹に差し出した。

「ありがとう、沙織ちゃん!」

 大声でそう言いながら、広樹は目の前の鷹緒に拝むように右手を上げる。その顔は苦く失敗したという表情であるので、鷹緒は苦笑して首を振り、書類をまとめて手を上げる。

「じゃあ社長。お先に失礼しまーす!」

「はい、お疲れ様でした!」

 鷹緒と広樹は互いに他人行儀にそう言って、鷹緒は沙織の手を取り会社を出ると、車へと乗り込んだ。


「今日の映画、なかなか面白かったよな」

 車の中で気を使うような鷹緒に、沙織は静かに微笑んで頷く。だが、さっきまでの元気はない。

「うん……」

「……明日、休みで買い物すんだろ。夜は会議あるから遅くなるけど、朝はゆっくり出来るから、一緒に出よう」

「うん……」

 それ以上は会話が弾まず、鷹緒は自宅マンションまで車を走らせた。

「……どこから聞いてた?」

 あまり言葉を発しない沙織に痺れを切らすように、マンションのエレベーターの中で、鷹緒がそう尋ねた。

「どこからって……ただなんとなく聞こえただけだから、ちゃんとは聞いてないよ。でも……やっぱりヒロさんから見ても、鷹緒さん、無理してるんだね」

 申し訳なさそうに俯く沙織の腰を、鷹緒が抱いた。

「……じゃあ、おまえは俺と付き合うことで、無理してないの?」

「え?」

「してるだろ? 俺もおまえと合わないところは極力直すようにはしたいけど……他人と自然体で付き合える関係なんて、そうそうないよ。べつにおまえに限らず、俺はヒロとだって百パーセントわかりあえる仲でもないし、時には無理もするし、俺はおまえと付き合うのにも、その程度の無理だと自分では思ってるよ」

 説得するような口ぶりだが、そんな鷹緒の言葉は沙織を安心させるような嬉しさがあった。

 だがエレベーターが鷹緒の部屋の階で止まったので、沙織は返事のタイミングを逃して、二人は部屋へと入っていく。

「……あんな話してて、気にするなっていうほうが無理かもしれないけど、俺はなんとも思ってないから気にするなよ」

 玄関先で続けて言った鷹緒の手を、思わず沙織が取った。

「沙織?」

 振り向いた鷹緒に、不安げな沙織の顔が映る。何か言いたげだが、いつもの如く沙織はそれを飲み込んでいるようだ。

「……中入れよ」

 そんな沙織を強引に引き入れるようにして、今度は鷹緒がその手を取って、二人はリビングへと入っていく。

「なんか飲む?」

「ううん、大丈夫……」

 普通を装う鷹緒に、沙織もいつも通りに接しようと微笑むが、頭の中でいろいろな思いが巡って、それ以上はなんといったらいいのかわからない。

 鷹緒は自分でコーヒーを入れ、沙織には紅茶を入れてやると、テーブルに置いてそれを飲んだ。

 横目に映る沙織は、ずっと浮かない表情をしている。

「……俺に無理してほしくないとか、そういうこと?」

 鷹緒がそう言った。その言い出しは、まるで別れ話を切り出すように重い。

 しかし沙織は、こくんと頷く。鷹緒もまた苦しそうに目を伏せた。

「沙織……それは俺と付き合えないって言ってるのと同じだよ」

 顔を上げた沙織に、苦しそうな鷹緒の顔が映る。

「そんな。それは嫌だよ……でも、鷹緒さんに無理させちゃうほうが嫌」

 沙織の肩を、鷹緒は抱き寄せた。

「そんなの俺だって一緒だよ……おまえの言う無理がどういうものかわからないけど、俺だって俺と付き合うことでおまえに無理はさせたくないし……でもまだ付き合って長いわけでもなし、まだお互いのことだってよくわかってないのに、無理も何もないんじゃないか?」

 鷹緒の言い分はもっともだったが、沙織が引っかかっていることは、それを広樹が感じていることである。鷹緒が自分のことに無頓着なのは知っているし、高校時代から知っている広樹があそこまで言うのは、余程のことだと思ったのである。とはいえ広樹に詰め寄っても、すべてを語ってはくれないだろう。

「別れ話がしたいわけじゃないの。私も、どうしていいかわかんない……」

「……沙織。俺はこれからも無理するよ。もちろん出来ないことは出来ないし、譲れない時もあると思う。そんな時は、沙織が無理してよ」

 優しく微笑む鷹緒に、沙織もまた笑顔に戻って頷いた。

「じゃあ無理する前に、ちゃんと言って。前にも言ったけど、鷹緒さんには正直になってほしい。それで私が嫌いになることなんて、たぶんないよ。私が潰れちゃうことだってない」

「たぶんだろ? そう言って嫌われたら嫌なんだけど」

「じゃあ絶対ない。私だってさらけ出すのは怖いけど、私は鷹緒さんにいつでも正直だよ?」

 それを聞いて小さく息を吐き、鷹緒はソファに寝そべった。そして沙織を受け入れるように手を伸ばしたので、沙織もその隣に身を置く。

「じゃあ一個だけ言うと……俺、映画館苦手なんだよな」

「え?」

 沙織は目を丸くして驚いた。

「映画館に限らず……閉鎖的な空間が苦手。人が多いところが苦手」

 言いにくそうに言った鷹緒の顔を、沙織が片手で撫でた。

「だったら映画なんてよかったのに……どうして言ってくれなかったの?」

「アホか。そんなダサいこと言えるかよ。ガキじゃあるまいし」

「だからヒロさんも彰良さんも驚いてたんだ……そんなんで無理するなんて嫌だよ。それに、みんなが知ってることで私が知らないのも嫌」

 軽く怒っている沙織に、鷹緒は口を曲げる。

「……そんなの俺の体調次第だろ。ヒロや彰良さんが俺のすべてを知ってるわけじゃないんだし、おまえと映画見るのだって初めてじゃないじゃん」

「もしかして、手繋いできたのって……」

 意外と鋭い沙織に、鷹緒は苦笑する。

「親しい人がいれば大丈夫なんだけどな。まあ、より安心出来るから……」

 言いながら情けなさが極まって、鷹緒は苦笑しながら溜息をついた。沙織は笑ったりしないだろうが、心配されるのも同情されるのも苦痛である。

 身構える鷹緒の髪を、沙織が撫でた。そしてその手は頬を撫で、やがて唇が近付く。

「ごめんね、言いたくないことまで言わせて……でも私、悲しいよ。どうしてヒロさんとかが知ってること、私は知らないんだろうって……ヒロさんたち、鷹緒さんが大丈夫だって言っても、きっとまだ気にしてくれてるよ。私だって知ってれば、映画見に行こうなんて言わなかった」

「だから……俺はおまえがいたら映画館も大丈夫だって。現に今日だって俺の異変なんて感じなかっただろ? 俺だって大丈夫だったし」

「……本当?」

「本当。病人扱いされて同情されるのが一番嫌だ」

 はっきりと言い放った鷹緒に、沙織も頷く。

「わかった。じゃあ今まで通り……でも、変なこと黙ってたら嫌だよ。それでもし鷹緒さんが倒れちゃったりしたら、何も知らない私のほうが情けないじゃない」

 可愛げに顔を膨らませる沙織に、鷹緒は口を曲げる。

「あのなあ。俺にもプライドってもんがあるんだよ。おまえも少しは俺にカッコつけさせろよな」

「じゃあ私も言うね」

「何を?」

「私……小学校の時に木に登って落ちちゃって、頭縫う大怪我したの。だからちょっとだけハゲがあるんだよ。ヘアメイクの時も、こっちに分け目作らないようにしてもらってるの……」

 自分に比べたらなんと可愛い告白なんだと思ったが、恥ずかしそうに顔を赤らめて言った沙織に、沙織にとっては言いたくなかったことなのだと理解すると、鷹緒はもう愛しさで顔が緩むのを隠すように、沙織をしっかりと抱きしめた。

「おまえには敵わないな……」

「馬鹿にしてる?」

「してない……でも本当、変に気ぃ使われると辛いから。おまえも我慢しないで正直でいろよ。映画だってなんだって、おまえとなら楽しいから」

 そんな言葉を聞いて、沙織はそっと顔を見上げる。

「じゃあ、また映画一緒に観に行ってくれる?」

「ああ。ただし、アクション映画な」

「また?」

「恋愛映画は寝ちゃうんだよ」

「鷹緒さんってば……」

 互いの秘密を少しだけ知って、二人の距離はまだ少し縮まった気がした。なにより伝わる温もりがあまりにも温かく、二人はそのままその場で寝入ってしまうことになる。

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