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完結まで2話です。
この後一気に投稿しますので、どうぞよろしくお願いいたしますm--m
「ななしくん、外行こう?」
彼女が向かおうとしている場所には、外に出る為のガラス戸がある。
それを見てから、手を引っ張って歩き出したアオの後について足を動かし始めた。
ちらりと後ろを向けばひらひらと手を振る三和と、苦笑しているせーちゃんの姿。
二人のその姿に思わず脱力する。
それがよかったのか悪かったのか、止まっていた思考がやっと動き出した。
なんかもういろいろ後が怖い気がするけど、どうでもいいやもう……。
振り切るように一度頭を振って、原田は息を吐き出す。
そんな原田に気が付くことなくガラス戸をがらりと開けるアオに続いて、建物の外に出た。
少し涼しく感じた教室にいたからか、むわっと熱気が体を包む。
ガラス戸を後ろ手で閉じると、アオが歩いていく方へと引っ張られる形でついていった。
少しにしては遠い道のりは、原田の頭を整理するのに充分とは言えないけれどそれでも少し落ち着いて考えることが出来た。
アオの話が飛び過ぎていまいち把握できないけれど、それでも理解できたこと。
――それが一番大切な事、で。
だから。
まだ歩いていこうとするアオの手を、ぎゅっと握って引き留める。
「……?」
引っ張られるように足を止めて振り返ったアオは、不思議そうな顔をしていて。
「ななしくん?」
「名前なんて、どうでも、いいな。うん」
自分に言い聞かせるように、呟く。
欲しいのは名前じゃなくて……
「アオ。俺も、あんたの事、好きだから」
さらりと口から飛び出た言葉に、自分自身驚かなかった。
後から考えれば、前夜ほとんど眠れていないのと、要さんの話やら三和やらアオやら、与えられた情報で脳内パンク状態で感情が少し麻痺していたんだと思う。
羞恥心とかよりも、伝えたい気持ちでいっぱいだった。
繋いでいるその手を、離したくなかった。
驚いたように目を見開いたアオは、ゆっくりと顔を朱に染め上げる。
「うぇ? え……あ……、ななしく……??」
さっき自分が言ったことを同じように言っただけなのになんでここまで照れるのか意味が解らず、原田は少し首を傾げながら同じことを口にした。
「好きだよ、アオ」
びくりと肩を震わすアオに、ますます握る手に力を込める。
「なんで驚くんだ? あんたもさっき言ったじゃないか」
そう問えば、焦ったように原田の手の中から自分の空を引き抜こうとし始めた。
「いや、あの。言わなきゃ言わなきゃって思ってて、まさかななしくんから答えが返ってくるとは思わなか……」
「なんだ、あんた。今度は言い逃げするつもりだったのか」
人としてどうなんだそれ。
「さすがにそれはないっ! ……よ?」
何で最後が疑問形。
よーするに言わなきゃって思ってただけで、言った後の事は考えていなかったと。
……ふざけんなよ
少し落ち着いたはずのもやもやとした感情が、再び湧き上がってくる。
「あんた、少しも考えなかったのかよ。俺があんたの事どう思ってるとか……っ」
どう考えても、思いっきり好意バレバレだっただろ!
そんな意味を込めて睨みつけても、アオは自分の手を引き抜くことに一生懸命で。
思わずため息をつく。
「……アオ、ホントに何も気付かなかったのか」
原田のその言葉に、アオはちらりと目線を上げてすぐに手に戻した。
「おかんスキルって、すごいな……と」
「んなわけあるか」
深く深く、息を吐き出した。
「あのな。確かに最初は流された部分はあるけどさ……、さすがに何とも思ってない奴相手にあそこまでしないって」
どんだけお人よしだよ、俺。
そう告げれば、アオの耳まで真っ赤に染まっていくのが上からよく見えた。
その姿につい原田の方まで恥ずかしくなってきて、今まで握りしめていた手を、ぱっと放す。
「ななしくん?」
その態度にアオが少し不安そうな声を上げるが、原田はそのままズボンのポケットに入れておいた携帯をとりだしていくつかボタンを押した。
目当ての画像を表示させると、戸惑った表情のアオの手に携帯を押し付ける。
「……見せられなかったから」
そう言うと、くるりと踵を返した。
情けない姿をさらしたあの日。
あの日からずっと見せたくて、見せられなかったもの。
「合宿の、土産」
そう伝えるのが精いっぱいで、原田はアオの言葉を待つことなく来た道を戻り始めた。
遅れてきた羞恥心に侵食されていく感情は、原田の顔を真っ赤に変えていき。
解りすぎるほどの顔の熱さに、アオの前に黙って立っていることが出来なかった。
俺、何言ってんだろ。
なにさらっと好きとかほざいてるわけ。
やばい、もう、睡眠不足で頭の中わけわかんない状態になっとる……!
アオの手を……繋がれていた手をほどくのは少し惜しい気はしたが、それ以上に自分のやらかしたことへの恥かしさの方が勝った。
……追いかけてきてくれることを期待してゆっくり歩いてるとか、そんなの俺は絶対認めないけどな!
突然押し付けられた携帯を呆気にとられてみていたアオは、逃げ出す様に歩いていく原田の背中を見遣って首を傾げた。
「……え?」
いきなり何?
よく分からない原田の行動を疑問に思いながらも、押し付けられた携帯画面を覗き込む。
……思わず、息を止めた。
――そこには。
緑に染まった山々と、澄み渡る様な青空。
生き生きとした色が、画面いっぱいに広がっていた。
「合宿……のって……言ってたよね?」
そうつぶやいて、画像をいくつも表示させては次へ次へと送っていく。
陽の反射する川面、草の先に止まる蜻蛉。
小さな山野草。
けれど一番多いのは――
「あお」
真っ青な、空。
それは、私の……好きな――
合宿の、お土産。
体調が悪かったのに、合宿帰りに来てくれたななしくん。
その行動と意味が繋がって、アオは駆け出した。
きっと彼にとっては歩幅狭くゆっくりとした歩き方をしている、原田めがけて。
やっと、実感できたから。
やっぱりまだどこか非日常にいただろう自分の頭が、やっと受け入れてもらえていたことを理解したから。
さっきまで繋いでいた手に、後ろから自分の右の手のひらを重ねる。
見上げれば、驚いたように目を見開く真っ赤な顔の、ななしくん。
「ななしくん、大好きだよ!」
だからこの手は、……繋いでいていいんだよね?




