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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
4日目 原田視点
9/118

不覚だった。

何がって、……不覚なんだよとにかく!



爽やかな夏の朝に似合わないため息をつきながら、原田は駅から学校への道を気持ち早足で歩いていた。





昨日は週に二度ある部活の休みの日だった。

いつもなら家でのんびりとするのが定番だったけれど、マネージャーの提案で夏休みの課題を集まってやることになったのだ。

まぁ正直面倒ではあったけれど、お互いの苦手科目をフォローし合えば早く終わるんじゃないかという部長の言葉にほとんどの部員が頷いた。

俺ら三年にしてみれば夏の大会が引退試合でもあるから、部活に集中するためにさっさと課題を終わらせるのは必須と言えたから、確かに助かるけれど。


なぜそこまで面倒かと言えば、自分が一番高校から遠い場所に住んでいるからだ。

せめて朝は寝ていたいという願いは何とか聞き入れられて、午後に高校近くの部員の家に集まって課題に勤しんだ。

さすがというかなんというかマネージャーの言う通り課題はさくさくと進み、全員がいいところまで終わらせられた。



喜んでいい事実ではあったけれど、実は原田の頭は途中から違う考えにすり替わっていた。

考えというか、不安というか。



もしかしてこの二日間会っていたから、朝、アオが自分を待っていたんじゃないかという不安。

二日目はタオルの事があったからだと思い直しても、何かこう募っていく不安。

あのまぬけな顔で、じっとベンチに座っているんじゃないか。

あの……



初めて会った時に見た、寂しそうに涙を流す表情が脳裏を掠める。

阿呆な言動を……行動をしてるけど、何を考えているのか分からないけれど。



なんであんなに……


ふと顔を上げて外を見た原田の目には、オレンジに変わりゆく空が映る。


考えを振り切る様に目を伏せた原田は、しかしすぐに小さく息を吐き出して広げていた課題のノートを閉じた。


「なんだ、どうした?」

隣でシャープペンを動かしていた部長の佐々木が、少し驚いたように声を上げる。

その声につられて、部屋にいた部員全員が原田に顔を向けた。


「俺、帰るわ」

「は? もうすぐ終わるから、ちょっと待てって」


佐々木が首を傾げながら、トントンとペン先で課題をつつく。

確かに普通なら、途中で抜けたりはしないだろう。

用がない限り、課題が終わっていない奴を残して先に帰るとかしない。

けれど、原田の頭の中はすでに不安の方で一杯だった。



あののほほんとした姿で、ベンチに座っているアオが脳裏から離れない。

冷夏と言われているけれど、ここ数日と比べて今日は少し気温が上がっていた。

その中であの場所に、い続けていたとしたら。



原田は荷物を鞄に放り込むと、止める佐々木の声を無視して立ち上がった。

「悪い、用を思い出した」

申し訳ないという風に眉根を寄せれば、佐々木の横にいた副部長の辻がその肩を叩く。

「理系得意な原田が帰るのを阻止したい気持ちは分かるけど、諦めろって。じゃーな、原田。気ぃ付けて」

辻がひらひらと手を振ると周りも納得したのか、口々に掛けられる声に応えながら部屋を後にした。

部長と、なぜかマネージャーの不満そうな視線だけさっさと流して。





ここからアオの家まで、約十五分。

部員の家に行く時は違う道を使ったから、曖昧だけれど。


原田は心持ち早くペダルを漕ぎながら、内心の不安を打ち消そうといろいろな理由や仮定を思い浮かべていた。


たまたまここ二日会っただけで、毎日ベンチにいるとは限らないし。

いや、でもなんとなく習慣のような感じだった。

馬鹿じゃあるまいし、暑い日にずっと外にいるわけがない。

いやでも、アオなら……っ



そうして十五分の道のりを十分も掛からずに辿り着いたそこには、

「……いやがった」

想像していた通り、不安が的中した。




大きな麦わら帽子を被って庭先でぼんやりと川面を見つめているアオの姿に、なぜかどくりと心臓を掴まれるような不安を感じた。



傍まで来てサドルに腰かけたままを地面についても、アオはこっちを見ようともしない。



膝の上には、スケッチブック。

鉛筆で描いたのだろうその絵は、濃淡であらわされた目の前の川。

手には、芯の太い鉛筆を持ったまま。

けれど、その手は動かない。



そして……



「……また、泣いてんのか」



静かにただ、涙を零していた。


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