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「ふざけんなよ」
チラシに書いてあった大学の最寄り駅に降り立った原田は、自宅を出てからずっと脳内で繰り返していた言葉を思わず口にした。
しかし本人は声に出したことに気が付いておらず、たまたま横を通りかかった人にだけ聞こえたらしい。
ぎょっとしたような表情を原田に向けて、足早に過ぎ去っていった。
それに違和感さえも覚えず、原田はさんざん電車の中で睨みつけるように見ていた大学へと続く道を歩きはじめた。
一か月近くも一緒にいた俺じゃなくて、三和にだけこういうの渡すとか一体なんだってんだよ。
性別か?
やっぱ女同士か?
それとも、三和が丸め込んだか……?
あいつならやりかねん。
それにしても、なくねぇ?
これ、なくねーか?
「ふざけんなよ、ホント」
とたん、斜め前を歩いていた人がざりっと横にどく。
内心を声に出しているつもりのない原田は、よく分からんが歩きやすいとでもいうように競歩寸前のスピードでその隣をすり抜けた。
とりあえず一言文句を言わねぇと、気がおさまらん。
段々と大きな建物が近づいてきて、大学が近い事を知る。
それでも、原田のスピードは落ちることなく反対に早まっていく。
原田の自宅からこの場所まで、電車を乗り継いで二時間近く。
車で来たのならもう少し時間を短縮できたんだろうけれど。
「……」
脳裏に浮かぶのは、にんまりと笑う三和の顔。
――誰が頼むか。
もうそろそろ十時。
大学の時間割とかよく分かんないけど、どっかしらにいるだろ。
明日が学祭当日なら、準備とかで来てるはず。てか、来とけ。
大学の正門について、やっと足を止める。
その場で前方を見上げれば、普段はないのだろう大きなアーチが門をまたいで作られていた。
最後の点検なのかペンキの缶を持った人が数人、アーチの基礎部分を見ている。
原田は正門に書かれている大学名を確認してから、手に握っていたチラシをひっくり返して裏面を見た。
そこには簡単な構内図が印刷されていて、その中の一か所に原田の視線がとまる。
小さく丸の書かれた箇所。
きっと、そこにいるんだろう。
もう一度その場所を確認すると、原田は何の躊躇もなく大学の正門をくぐった。
周囲の人が少し驚いたように自分を見ていることに気付いてはいたけれど、それを無視して左の方へと道なりに歩いていく。
なんでこう、遠い場所にいるんだよ。
やっと大学についたと思えば、敷地の中でも一番遠い場所とか。
ふざけんなよ。
全てのものに悪態をつき続ける。
何がまた来るだ。
勝手に帰って、勝手に会いに来て、俺が「おかえりにっこり」とかするわけねぇっての。
少女マンガじゃねぇんだよ、君が来てくれたからそれでいいとか生温い事言う奴なんて現実にはいねーからな。
明日から学祭だからか、思った以上に学生なのだろう私服の人達が結構いて。
そんな中、早足で歩いていく自分は傍から見たら違和感ありまくりだろう。
でも、今はそんなことどうでもいい。
一番端にある、校舎にやっと辿り着いた。
距離的に長いわけじゃないのに、なんだこの道のうねり具合は!
ややこしい!
戦国の山城か!←混乱
ここに来るまで結構な学生がいたのに、この場所はひっそりとして人影は見えない。
それは、こっちにとってはありがたい。
校舎に入る前に、もう一度チラシの構内図を見て場所を確認する。
「ここだ」
この、一階の、一番左奥。
もう一度校舎を見上げて、ガラス戸を押し開けて中に入った。
外よりもひんやりとした空気が漂っていて、高校の校舎とは違った雰囲気に少し足を止める。
けれどそれ以上に頭に血が上っていた原田は、すぐに左へと廊下を折れた。
スポーツシューズのゴム底が、廊下に響く。
原田の心情を写し取ったかのような、荒い足音。
むかついて、むかついて、むかつきまくってるんだけど。
原田は近づいてきた、一番奥の教室を睨みつけた。
ドアが開けっ放しになっていて、何かよく分からない布のようなものが中からひらひらと揺れている。
本当に、むかついて、むかついて、昨日の要さんに続いて今日の三和にもむかついて!!
――脳裏に浮かぶ、アオの姿。
泣いていた、顔。
笑っていた、顔。
見せることが出来なかった、合宿の土産。
熱に浮かされながら見つめた、触れた事のない彼女の手のひら。
いろんなことが、ぐるぐると頭の中を駆け巡って。
感情の行き場を見失う。
怒りたいのか、怒鳴りたいのか、苦しいのか、辛いのか。
全く分からない。
それでも。
誰もいないかもしれない、他の誰かがいるかもしれない。
そんな事、今の俺にはどうでもいい。
とにかく、
アオに、会いたい。




