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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓


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三和の+α 8日目・1

「直哉、あんたいってきます位言いなさいよねー。朝の挨拶は基本でしょ基本」

玄関で靴を履いている弟に声を掛けると、肩を揺らして立ち上がった。

「……行ってきます」

その声はとても固くて、閉められたドアを前に三和はため息をついた。






「直哉、フラれたの?」

リビングに入ると、ちょうど母親が食器を片づけているところに出くわした。

私達のやり取りが聞こえていたのだろう。

無表情が標準装備の母親は、いつも通りの顔のまま小さく首を傾げている。

「んー、嵐の前の静けさならぬハッピーエンドの前の試練?」

文才ないわーと独りごちながら三和が椅子に座ると、なぁにそれ……とキッチンに戻っていく。

テーブルに置いてある自分のマグカップを手に取ると、三和はその温かさにふぅ……と息をついた。


アオちゃんが自宅に戻って、今日で八日目。

確かに落ち込むとは思っていたけれど、こんなに直哉がショックを受けるとは。


今までに見た事のない弟の姿に、三和は嬉しいような困ったような複雑な心境を抱いていた。

そこまでの感情を持てる相手に出会えた事は、とても喜ばしい。

面倒見がいいとはいえそこまで他人に執着を感じた事のなかった弟のその変化は、三和にとっては喜ばしくも楽しいものだった。

けれど。


アオの話を聞いているからこそ、身動きの取れない状況でもあったのだ。

も少し、精神的に強いかなーとか思ってたけど。


三和は両手で持っていたマグカップを手元に置いて、携帯を手に取った。

メール画面にあるアドレスは、九月に入ってから来たものがいくつかある。

「辻くんも、面倒見がいいなぁ」

それは、直哉の部活の友達の辻……なんとか。

そう言えば下の名前知らないやとか思いながら、いつの間にか来ていたらしい受信メールを開く。


――アオさん、まだですかね


今日は晴れですね、くらい気軽いメール。

簡単にだけれど、辻くんには事情を話しておいた。

直哉が自分から言い出すとは思えない上に、詮索もされたくないだろうと思うから。

まぁ、「アオちゃん、自宅に帰ったんだよー。またくるってさ」ぐらいしか言ってないけど。


――まだみたい


同じように簡単な文面を返して、それをテーブルに放った。


「おせっかいは分かってるけど、まぁちょっくら様子ぐらい見てきてもいいかなー」

椅子の上で上体を伸ばせば、椅子が嫌な軋みを上げた。









「ここ、か」

三和はぼそりと独り言をつぶやいて、大学の門をくぐる。

アオから預かった”物”に書いてあった大学名を頼りに、連絡もせずに来てみたわけだけど。

そう。

アオの連絡先を聴いていなかったわけで。

まぁ美術部の部室に行けば、アオがいなくてもあわよくば連絡をつけてくれる人がいるだろうと迷いなく敷地内に入っていく。


学祭準備で忙しいらしくアーケードを作っている集団や、受付を設置している集団。

学生は少なからずいるけれど、美術部っぽい人がよく分からない。

美術部だからって、筆とか持って歩いてるわけじゃないし。

とりあえず……と、手近な人に声を掛けた。


「すみません、美術部の部室ってどこか知ってます?」

受付にするんだろう長机の位置を直していた女子学生は不思議そうに三和を見た後、敷地の奥の方に顔を向けて何かに気がついた様に小さく声をあげた。

「あ、ほらあの人。美術部の先生だよ」

「え?」

真っ直ぐと伸ばされた指先を目線で追っていけば、白衣を着た男の後姿に行き当たった。

「あの人……って、あの人? 白衣着た人?」

女生徒と同じように指で指し示すと、そうそうと頷いた。

「確か他校の学院生なんだけど、美術部の講師で来てるんだよ。あの人に聞けば教えてくれると思うけど」

「……ありがとう」

三和はお礼を言って、白衣の男の人を追いかける様に早足で歩き出した。



他校の……学院生。

美術部の講師。

見た目、そこまで上には見えない年齢。


「すごいねー、私ってば」


独りごちながら、足を速める。


アオちゃんに会って世間話しつつ様子を見ようかと思ったのに、これなら――


「すみません!」


「……はい?」


声を掛けてみれば、少し迷った後足を止めて振り返った。

茶色い柔らかそうな髪が、動きに合わせて微かに揺れる。

あまり日に焼けていないのは、部屋にこもって絵を描いている時間が多いからなのか……


振り向いたまま三和が追い付くのを待ってくれていた男の人の目の前に立って、息を整える。

「聖ちゃん?」

そう呼べば、驚いたように白衣の男の人――聖ちゃん――は目を見開いた。

「え、と……?」


アオから聞いていた名前は、聖ちゃんとだけ。

フルネームを聞いたわけじゃないから、そう呼ぶしかない。

故に、言い通す。


「聖ちゃんですよね?」

「……誰に、そのいい名を」

流石に誤魔化せないか。


「アオちゃんの友達です。ちょっとお話いいですか?」

「アオ……の?」



迷ったようなその声に、三和は周囲に定評のある外面限定微笑と有無を言わせない様な強い声音でぺこりと頭を下げた。



「……いいですよね?」



「……はい」



その声に逆らう事は、聖ちゃんとて出来なかったようだ。


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