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「おーい、起きてるかい」
ななしくんが走り去った後、しばらくしておじーちゃん先生……村山先生が顔を出した。
中肉中背、のんびりとした村山先生は、私の傍に座ると体温計を取り出して差し出してくる。
それを受け取る私を見ながら、まったく……と溜息を零した。
「まだ数日しかたってないのに私に世話になるとか、要さんが聞いたら怒られるぞ」
私は体温計を脇に挟みながら、苦笑を浮かべる。
「おばーちゃんが怒ったら怖いから、内緒にしててね」
昔ながらの日本のおばーちゃんである要おばーちゃんは、私の母方の祖母。
母親の弟……私の叔父さんが怪我をして、今は面倒を見にいっている。
奥さんもいるんだけれど子供が小さいから、主に子守がメインだって笑ってたっけ。
「今回だけだからね? 要さんは怒らせると、私だって恐ろしいんだし。……そういえば、あの男の子はどうした?」
きょろりと部屋を見渡したけれど、村山先生の視界には当たり前だけれど映らない。
ピピッと、電子音を響かせた体温計を先生に渡して、頭を振った。
「さっき帰ったよ。迷惑かけちゃった、ななしくんには」
体温計の数字を確認していた村山先生は、不思議そうに首を傾げた。
「ななしくん? あれ、もしかして、名前知らないのかい?」
ボールペンでカルテに何かを書き込みながら、私の診察を進めていく。
「だって、一昨日あったばかりだから」
「それにしたって、名乗るだろう? まぁ、いいけど。彼の名前は……」
「あ、聞かない!」
村山先生の声を、大声で遮る。
いきなり声を上げた私に驚いたように目を見開いた村山先生は、ぱちぱちと幾度か瞬きをして息を吐いた。
「知りたくない理由は?」
「ないよ。ただ知りたくないだけ。私だって名乗ってないし」
「ふーん?」
よくわからないという表情を浮かべたまま、私の診察を終えて安堵するように息をついた。
「まぁ、名前の件は置いといて。だいぶ落ち着いたみたいだね。ただ、今日は安静にするように」
「うん、ありがとう先生」
持ってきた鞄に出した器具をすべて仕舞い込んでから、再び私と目線を合わせると言い聞かせるように口を開く。
「あと、ちゃんとご飯を食べてちゃんと寝るんだよ? 外にいるのもいいけど、ほどほどにね」
「……それ、ななしくんにも言われた」
すると、ぷっ、と吹き出す声が聞こえて村山先生が立ち上がる。
「君より、ななしくんの方がしっかりしていそうだね」
「私もそー思うけど、面前きって言われるとなんかむかつくなー」
「本当の事だから仕方ない」
一刀両断されて、まぁねーと笑う。
確かにあの子は、高校生に見合わない感じでしっかりしてるし。
「まぁ、次に会ったらちゃんとお礼を言っときなさい。ななしくん、凄い勢いで駆け込んで来るくらい心配してたから」
見送ろうとした私を片手で制しながら、村山先生がにやりと笑う。
「おかげで、待合室の子供たちが大泣きしたけどね」
「ぷっ」
……ななしくん、きっと困っただろうな
勢い込んでお医者さんに駆け込んだのはいいけれど、子供に泣かれて焦るななしくんが想像できて先生と一緒に笑ってしまった。
ぷぷっ。ごめんよ。