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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓


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アオの+α・3日目

「……」


少し離れた場所から私を見て目を見開く聖ちゃんに、思ったより自然に笑えた。










アパートに戻ってきた二日後、私は久しぶりに大学へと足を運んだ。

要さんちに行ってから、1か月以上来ていない。

本来なら学祭準備で部活に来なければならなかったのに、すべて行かなかった。

と言っても、部活に来て学祭出品用の絵を描くわけだから、来なくても迷惑にはならないけれど。


私は部室として使っている、学内敷地のはずれにある教授棟へと向っていた。

教授棟の一階に、美術部が部室として使っている元講義室がある。

そこに、私は送っておいたのだ。

目の前に見えてきた引き戸を、にんまりと笑んで見据える。


――送っておいたの。



がらり。


音を立てて戸を開ければ、一番奥の壁際に見慣れた後ろ姿が見えた。


思わず、足を、止める。


その人も、音に驚いて振り返って。

そして、動きを止めた。




「……」

「……」




彼の足もとには、私が大学の美術部宛てに送った絵が一枚。

既に包みが取り払われているのは、きっと彼が開いたんだろう。

それを目に入れて。

私は視線を上げた。

驚いたようにこちらを見たまま、立ち尽くしている彼……聖ちゃんを見て。


思わず、目を細めて微笑んだ。


「聖ちゃん、勝手に見ちゃだめだよ」


さらりと、言葉がこぼれた。

聖ちゃんの目が、大きく見開かれる。

私も、自分で驚いていた。



電話が来た時、あれだけ怖かったのに。

声だけでも怖かったのに。

ここに来るまで、聖ちゃんに会ったらまず何を言おうとかいろいろ考えていたはずなのに。



止めていた足を動かして、立ち尽くしている聖ちゃんの側へと歩いていく。

近づくたびに、聖ちゃんと、そして私が描いた絵がはっきりと見えてくる。



絵の存在が、私を穏やかにしてくれる。

だってそれは……


「聖ちゃん、ただいま」

目の前まで来て声を掛けると、弾かれたように私の両肩に手を置いた。

「ごめん、俺……っ」

「私も、ごめんなさい」

謝罪を口にした聖ちゃんに、私も同じように伝えてぺこりと頭を下げた。

聖ちゃんは勢いをそがれた様に、口を閉じたり開いたりしながら私を見下ろしている。


きっと、ずっと悩んでいたんだと思う。

聖ちゃんは、とても優しい人だ。

きっと、私に対する態度を後悔したんだと思う。

私が、聖ちゃんに対して罪悪感を持ったのと同じように。

だから。


「お相子、ね?」


そう笑えば、聖ちゃんは逡巡した後その手を下ろした。

その手を自分の首もとに持っていき、ゆっくりとこする。

「恨み言言われても仕方ないと覚悟してたのに、……言う権利、あるよ?」

「私も、自分のしてきたことに気が付いたから。もういいんだ」


ホントは、もやもやとした小さな棘が、まだある。

でも、もういいんだ。

だって――


聖ちゃんの足もとに、視線を落とす。

私の見ているものに気が付いたのか、目の前にいた聖ちゃんが体をずらして横に立った。

そして、私と同じ様に絵を見つめる。



「ここにいなかった間、何があったのか分からないけれど」



「うん」



小さく相槌を打つと、聖ちゃんはぽんぽんと私の頭に手を置いた。



「妹が、嫁に行った気分だ」



その例えに、思わず吹き出してしまった。

「聖ちゃん、妹なんていないじゃない」

聖ちゃんは、そうだけどと唸って大きく息を吐き出した。

「この絵を見た時に、初めてお前の絵を見た時のあの気持ちの高ぶりを思い出して興奮した。……でも、同時に」

そこまで口にして、私の頭の上から手を下ろす。

「遠くに行ったなぁって、思った」

「聖ちゃん、我儘」

「だってこの絵は、前の絵とも違う」

私の苦笑に聖ちゃんはすぅっと真面目な表情になって、絵をその目に映す。


「今の、お前の絵だろう? 以前の絵の雰囲気の面影はあるけれど、やっぱり違う……いい意味で」


今の、私の、絵。


その言葉が、じわりと心に沁みていく。



昔に戻ったんじゃない。

でも、聖ちゃんだけを見ていた頃の私でもない。



誰かのために描いた絵じゃなくて、私が描きたいものをキャンバスに映し取ったたった一枚。



「私の、絵だよ」


「そうだな、お前の絵だ」



一歩後ろに下がって、聖ちゃんは頷いた。


「お前の、心の、こもった絵だ」




私の心のこもった、絵。



その言葉を聞きながら、じっと自分の絵を見つめる。

見慣れた風景を描いた、私の絵。

でも、そこからあふれてくるのは。





だいすきだよ、ななしくん――



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