7
その日の夕方、ななしくんは三和さんに連れられて家に帰って行った。
凄く丁寧に、要さんに挨拶して。
っていうか、なぜか村山先生までいた。
なぜに?
「あの子は、本当に高校生かい?」
感心したような若干呆れたような呟きを零す要さんに、思わず笑う。
「私も最初そう思ったよ」
制服着てたから、分かったけどね。
二人ののった車が角を曲がって見えなくなると、村山先生は自宅に戻り私達は居間に戻った。
要さんはいつもななしくんの座っていた場所に腰を下ろして、扇子をゆっくりと動かしている。
「おや、あの子専用の湯呑かい?」
居間にある棚の中、いつもななしくんが使っていた湯呑。
マジックででかでかと、ななしくんと書いてある。
懐かしさに目を細めてしまうのは、すでに私の心がここから離れているからなのか。
「うん。私を心配してくれてね、会いに来てくれてたんだよ」
「あぁ、村山が感心していたよ。高校生に面倒を見られてどうするんだと思っていたが、あの子なら納得だ。どう考えても、お前の方が下に見えるよ」
ふふっと笑んで、要さんは扇子をぱちりと閉じた。
「それで、お前はどうするんだい?」
その表情は真剣で。
私は居住まいを正した。
「要さん、ここに置いてくれて本当にありがとう。明日、帰るね」
片眉を微かに上げた要さんは、なんでもないように”そうかい”と呟いた。
「いい顔じゃないか、本当に。もう大丈夫だね?」
感情をおおっぴらにしない要さんの、最上級の安堵の表情。
それだけ、周囲に心配を掛けていた事に気づく。
「うん、大丈夫」
そう言って立ち上がると、隣の部屋の襖を開けた。
そこにあるのは、大きなキャンバス。
後ろから要さんが覗き込む。
「綺麗だね、うん。綺麗だ」
そう言って、私を見た。
「お前の絵だね」
その言葉は、深く深く私の心に沁み込んでいく。
「もうね、私は大丈夫。ちゃんと、私になって戻ってくるから」
要さんは喉の奥で笑うと、今気が付いたかのように首を傾げた。
「それは、あの子には話してあるのかい? 帰る事は」
どくりと、鼓動が早まる。
そして頭を振った。
「でも、ちゃんと戻ってくるよ。だから、ごめんね」
「……そうかい」
少し考える様に目を伏せていた要さんは、ゆっくりとその場に腰を下ろした。
衣擦れの音が、微かに響く。
私も、それにならうように正座した。
「あの子の事は、放っておくよ。どうなろうと、お前たち二人の問題だ。私が口を出す事じゃない」
「うん」
私の返答を聞いて、ゆっくりと頷いた。
「……青は藍より出でて 藍より青し」
凛とした声が、響く。
「お前は、どっちだい?」
ここに来た時は、答えることが出来なかった言葉。
今なら答えられる。
要さんを見つめて、私は口を開いた。
「どっちでもありたいと思ってる」
認めてくれるようなその笑みに、私は嬉しくなった。
ま、まにあった……(苦笑




