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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
29日目 アオ視点

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遅くなりました><

「お帰りなさい、要さん。庭先から入ってきたの?」


「あぁ。で、あれはなんだい?」


頷くけれど同じ言葉を繰り返す要に、三和が丁寧に頭を下げた。

「私の弟です。体調を崩して、アオさんに看て頂いておりました。ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」

弟……? そう三和の言葉を繰り返して、要は合点がいったように小さく頷いた。

「あぁ、なるほどね。村山が言ってたななしというのは、あれの事か」

そう言いながらボストンバッグを壁際に置く要に、茶箪笥から湯呑を取り出して軽く持ち上げる。

「うん、そうだよ。要さん、お茶飲む?」

「あぁ、熱いのを頼むよ」

それだけで話が流されてしまったことに、三和は椅子に腰かけた要の前に立って改めて頭を下げた。


「アオさんにご面倒をおかけしました、本当に申し訳ございません」

そう言う三和をちらりと見上げて、要はトントンと指先でテーブルを叩いた。

「気にすることはないよ、どうせあの娘が言いだしたことなんだろう。さ、お座り。これは、私も頂いていいのかねぇ」

と、まだ箱に残っていた大福を指さす要に、三和は頷いた。

「本来なら両親が挨拶をするべきだと思うのですが、生憎仕事で家を空けておりまして。私は……、あの子の姉で……三和と申します」

「そうかい。私はこの子の祖母でね、要と呼んでくれればありがたいね。いいから早くお座りな」


ありがとうございますと、もう一度頭を下げて三和は腰をおろした。

「早かったね、要さん」

私は要さんに湯呑を差し出すと、その横の席に座る。

要さんはお茶を一口飲むと、ふぅと溜息をついた。

「朝のうちにさっさと出て来たんだよ。全く、いればここぞとばかりに使われるんだからね」

「あの……、どこかに行ってらしたんですか?」

話しが見えないのか、三和が要に問いかけた。


「あぁ、倅が怪我してね。手伝いに行ってたんだ」

「大丈夫なんですか? けがの具合は……」

「ただの打撲だよ、鬱陶しい」

「いやいや、要さん。打撲は立派にケガですって」


そうかね、と大福を手に取る要さん。

さばさばした性格の三和さんと、馬が合うらしく。

そのまま違う話に移行したのをいい事に、私はそっと台所を抜け出してななしくんの側に座った。



衣擦れの音で目が覚めたのか、うっすらとななしくんの目が開く。

「……アオ?」

掠れたその声は、喉が痛い為だろう。

扁桃腺炎は、つばを飲み込むだけでも本当につらいから。

「起こしちゃった?」

ななしくんの額に貼られている冷却シートをゆっくりとはがして、新しいものと取り換える。

ななしくんは冷たさに顔を顰めたけれど、悪い……と呟いて息をついた。


「なんとなく、ぼぅっと起きてたから。なんか、知らない人の声がするし」

「あぁ、要さん……お婆ちゃんが帰ってきたから」

透明のシートを丸めて、使い終えた冷却シートと一緒にビニール袋に入れる。

ななしくんはまだ頭がぼんやりするからか、私の言葉を咀嚼する様に呟いてからもしかして……と私を見た。

「要さんって、村山先生が言ってた……あの人?」

そう言われて、そういえば私が倒れた時に村山先生が何か言ってたなーと思い出す。

「そうだよ、その要さん」

「……あとで、お礼言わないとな」

面倒見てもらったから……、そう言うななしくんにちらりと台所を振り返ってから頷いた。

「後で声かけるね。今は、三和さんと話してる」

「三和と?」


嫌そうに眉を顰めるその姿に、思わず笑いそうになる。

「いい人ね、三和さん。要さんと気が合うみたいで、話弾んでる」

「外面はな、外面だけはな」

ふてくされた様に呟くさまは、とても可愛い。

って、口にしたら怒られそうだから言わないけど。


「喉かわいたでしょ? 飲めそう?」

ペットボトルのスポーツドリンクをななしくんの視界にいれれば、飲むと頷いて上半身を起こした。

朝に着替えているはずだけれど、しっとりしているように見えるのは熱の所為と……気温の所為だろう。

まだまだ暑い、八月末。

せめて残暑抜けてからだったら、楽だっただろうにね。


私からペットボトルを受け取って口をつけるななしくんの頬は、たった一日だというのにこけているように見える。

熱が下がるからとはいえ、解熱剤を使って無理やり下げたから体への負担も大きいのかもしれない。


「アオ」


そんな事を考えながら、ぼぅっとななしくんを見ていたら。

突然名前を呼ばれて、ぱちぱちと目を瞬かせた。


「何? ななしくん」


ななしくんはペットボトルのふたを閉めると、両手でゆっくりとコロコロ転がした。

「今日、俺帰るから。面倒掛けて、済まなかった」

一瞬、どくりと鼓動が大きくなった。

けれどそれを表に出さず、口角を引き上げる。

「……うん、分かった」

そう伝えれば、ななしくんが意外そうに目を見開く。

その姿にくすりと笑って、ななしくんの手の中からペットボトルを取り上げた。

「なぁに、引き留められると思ったの?」

意地悪そうに問いかければ、一瞬固まったななしくんはばさっと布団にもぐりこんだ。

動くのも辛いだろうに、私の言葉が図星で恥ずかしかったらしい。


少しして、布団の中からくぐもった声が上がった。


「三和が帰る時、起こして」

照れてる。

「うん、分かった」

手を伸ばして、ななしくんの頭を撫でる。

ぴくりと肩が震えたけれど、お構いなしにその頭に手をのせた。


しばらく、触れられない、ななしくんの髪。

しばらく、聴くことが出来ない、ななしくんの声。


「早く、病気が治りますように」


また、会えますように。


また、会ってくれますように。


そう心の中で、呟いた。

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