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しばらくそうやってななしくんの頭を撫でていた私に、前髪の間から初めてみる少しへたれた眉が見えた。
おや、いつも怖そうな眉間の皺が無くなっているよ。
そんな事を考えていたら、ばっちり目が合った。
少し驚いた表情の後、視線がうろついて、何か言いづらそうに口をもごもごさせている。
何だろうと思いながら顔を覗き込めば、やっと言うつもりになったらしく口を開いた。
「あー、と。……まさかとは思うけどさ」
「んー?」
しかし、肩幅あるな。これで制服着たりしたら、おっさんのようだ。
確実私より、年上に見えるね。うん。
今は夏服だからまだいいけど、冬服は学ランかなブレザーかな。
「アオ?」
「え、学ランの方が好き」
妄想に沈んでいた私はそのまま口に出してしまい、しまったと思いつつ、ふぃっと視線を逸らした。
呆れた雰囲気を醸し出したななしくんは、いつもの口調にやや戻りぎみでため息をつく。
「お前の妄想も、好みも聞いてない。ちなみに確かにうちは学ランだけど、見せるつもりもない」
ちなみにってちゃんと答えているあたり、可愛いなぁと思ってしまうよ。
顔とのナイスギャップ!
一応目を逸らしたままそんな事を考えてみましたが、それでな……と、やっぱり少し低めになった声音にその視線をななしくんに戻した。
あ、頭に手を置いたままだった。
間抜けな構図にその手を自分に引き戻そうとしていた私は、ななしくんが話し始めた事できっかけを失った。
「お前、まさか俺が来るの……待っててこうなったとかいう?」
「へ?」
しかも、めちゃくちゃ意味不明。
「君が、来るのを待って、こう?」
こうって、どう?
不思議そうな私の声に、ななしくんは一気に顔を赤くした。
「違うならいいんだよ、違うならっ」
そういうと、勢いよく立ち上がる。
「わっ?」
まだななしくんの頭に手をのせていた私は、彼が立ち上がったその反動で体が後ろに傾いだ。
「あっ」
焦ったような声が頭の上から聞こえてきたかと思ったら、ぐっ……とななしくんの腕が背中にまわって倒れるのを回避してくれる。
セーフ、とか脳内で呟いたら、あんまりセーフじゃない体勢にふと気が付いた。
顔の横に、ななしくんの顔がある。
私はと言えばななしくんの頭に置いていた体勢そのまま、片手を上げたままで。
まぬけだ。
うん、すっごい間抜け。
でもさ。いいと思うのよ。誰にも見られなければ。
「悪い」
ほっとしたように息をついたななしくんの声を今までにない近さで聞きながら、私は開けっ放しの窓から見える庭へと目を向けていた。
網戸があるから少し見え辛くはあるけれど、その好奇な視線はひしひしと感じる。
「……アオ?」
何も答えない私を不審に思ったのか、ゆるゆるとななしくんの身体が離れていく。
そして私が目線を固定しているのに気が付いて、それを辿る様に視線を動かして……
「……あいつらっ」
そう言ってから自分の状態に気が付いたらしく、がばっと擬音を添えたい程の動揺加減で再び立ち上がった。
そのまま庭へと向かって走り出そうとしたななしくんは、一瞬戸惑いながら振り返ると気遣う様に声を落した。
「具合は、大丈夫か?」
それでも、ちらちらと庭先の方に視線を投げているのは隠せない。
私は上げていた手を下ろしながら、思わず、ふ、と笑みを零した。
「大丈夫。迷惑かけてごめんねー?」
「……あとで、じーさん先生が様子見に来るって言ってたから。じゃ」
そう冷静に私に告げると、ななしくんは網戸をからりと開け放って縁側から飛び降りると、庭先……厳密には土手に向かって走り出した。
目指す場所には土手にある外灯の下、こちらを興味津々に見ている男の子三人。
猛然と駆け寄るななしくんに恐れを抱いたのか、ぎゃぎゃー何か言いながら走り去っていく。
それを追いかけるように、ななしくんが走り去っていった。
「……怒涛のような、嵐のような」
そう呟いてからななしくんが走り去った庭にいつもならない物を見つけて、思わず声を上げて笑ったしまった。
帰り際、焦りながらも冷静に私を気遣っていたけれど。
「自転車忘れるとか」
内心、かなり動揺していたらしい。