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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
29日目 アオ視点

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「なるほどねぇ」

全て聞き終えて。

三和さんは、ぽつりと呟いた。


その言葉に、びくりと心臓が反応を示す。


誰にも言ったことのなかった、自分の気持ち。

初めて明かした彼女は、何を私に向けて言うのだろう。

話したいと思いながらも、それでも嫌わないで欲しいと願う。


「でもさ、アオちゃん。それって、普通の感情じゃない?」


……


「え?」


思っても見なかった言葉に、そんな声しか出なかった。

嬉しい言葉だったのは間違いないんだけど、あまりにもあっさり放たれた言葉に呆気にとられてしまった。

目を見開いている私を見ながら、三和さんはテーブルに頬杖をついた。

「誰かに褒められたいとか、誰かに認められたいとか。そんな感情は、誰にでもあるでしょ? 芸術だけを愛してるなんて人、そんなに多くないと思うけど」

「え、でも……」

「んん。きっかけよね、きっかけ。私は小さな頃から歌うのが好きだったから、そりゃもう煩いってくらい歌ってたわよ。別に将来目指したいとか、もっと上手くなりたいとかそういうの考えずに」


そんなもんじゃない? とお茶を一口飲んだ。

既に冷め切っているだろうことに気が付いて急須にお湯を注ぐと、ごめんねーと笑いながらそれを差し出してくる。

新しく注いだお茶を息を吹きかけながら飲むと、でもね……と口を開いた。


「小学校の時かなぁ、学校の先生に褒められて。それで音大目指す! 私、有名になるってなったわけ」

単純でしょ、と笑いながら頬を指先で掻いた。

さっきから見ていると、照れた時の癖らしい。

そんな可愛らしい仕草に、呆気にとられていた気持ちが少しずつ和らいできた。


「まぁ……やめたいと思った事なんて、数えきれないほどあるけどね。でも、褒められれば嬉しいもの。元々歌が好きで歌うのが楽しいんだから、加えて褒められれば有頂天にもなるわよ。それの何がいけないの?」

「いけないっていうか、え……と」

あの、そう言われてしまうと私が悩んできた事が、物凄く簡単な事になってしまうのですが……。

「あなたの名前、私知ってるわ。同じ大学の美術学部に友達がいるから。高校の美術展で賞を取った子が芸大以外に行ったって、そんな事言ってたの聞いたことある」

やっぱり。

さっき名前を口にした時に微かに動いた表情、やっぱり知ってたんだ。


「その理由が男の所為だったって事ね」

「……はい」

端的に言うと、その通りです。

っていうか、凄いストレートに言われるから変に勘ぐらなくて済むというか。


「いいじゃない、別に」

「え、いいんですか?」

とっさに問い返した私の言葉に、三和さんは大きく頷いた。


「だって、好きでしょう?」


その声は、確信を持っていて。


「嫌いなのに、自分を騙しながら続けてきたのならそれは辛い選択だわ。でも、あなたは違うのでしょう?」


「三和さ……」


「描くことが、好きなんでしょう?」


心臓を、掴まれたような衝撃だった。

目を見開いたまま固まっていた私の両手を、三和さんはぎゅとその手で包んだ。

少し汗ばんでいるのは、私。



「どんな感情やしがらみがあろうとも、好きの気持ちは純粋だわ。それが一番大切よ」



好きの気持ちは、純粋。



その言葉に、私の体からゆっくりと力が抜けた。



……好きの気持ちは、純粋。



絵に対する気持ちを、本音の感情もすべて肯定されたのは初めてで。

胸に、温かいものが広がっていく。

思わず、目の前が滲んでいく。


それを零れる前に指先で掬ってくれた三和さんは、ぽんぽんと軽く私の頭を撫でた。


「アオちゃんが前を向くきっかけになったのが、うちの弟っていうのがねぇ……信じらんないけど」

「本当に、ななしくんのおかげです」


「あれはなんだい?」


「……!?」


突然かけられた声に、びくりと飛び上がらんばかりに驚いて三和さんと一緒に居間に続く入り口に顔を向ける。

そこにはちいさなボストンバックを手に、一人の女性が立っていた。

白髪交じりの髪を綺麗にまとめて、上布の着物を着ている初老の女性。




「要さん……!」




縁側から入ってきたのか、いつの間にか要さんがそこに立っていた。




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