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ななしくんの様子を見ていた私はすっかり眼が冴えてしまって、明け方辺りから野菜スープを煮込んでいた。
喉が痛いなら固形物を飲み込むのは辛いだろうし、かといって栄養は取らないと治らないし。
そこで思いついたのは、野菜をいつもより味を薄目にして煮込んだスープ。
なるべく味の出る野菜を中心にして、最後にポーチドエッグでも落としてみようか。
作り終えた時には思ったよりも大量になってしまったスープだったけれど、三和さんの話だと二・三日はご両親がいないという事だったから持っていって貰おうと思い直した。
それ以上に、何かしていないと落ち着かないって気持ちがあったのは否めない。
しばらくして目を開けたななしくんになんとかスープを飲ませた頃には、太陽が南天に近づいていた。
顔は真っ赤。
熱で、指先や足先の感覚が鈍くなっているらしくて。
自分で食べようとしたけれどスプーンさえ持てない状態は、見ていて辛かった。
スープを食べ終えたななしくんは、薬を飲んですぐに目を閉じた。
食べるだけでも体力を使ったのか、そのまま意識を手放す。
勝手にはかった体温は、昨日よりは下がったとはいえまだまだ高熱の部類に入る数字を叩き出していた。
もうすぐお昼……という時になって、やっと三和さんがやってきた。
抜けられない用事があって遅くなってしまったと言いながら頭を下げた三和さんに、自分が今から食べようとしていた昼ご飯を進めた結果。
「主婦……? ねぇ、あなた主婦なの?」
目の前には、蓮華を持ったまま固まる三和さん。
その表情は、驚愕に目を見開いていた。
……えーと?
三和さんは何て答えていいのか分からない私を目の前に、片手を頬にあててスープを凝視している。
「何この、”素材の味生かしました☆”とかアフレコ聞こえてきそうな、優しい味。っく、この分じゃ食べ損ねた竜田揚げもおいしかったはず……っ。目つきの悪い男子高生のくせしてやるわ……、やるわねこの色惚け……っっ」
……なんか、最後に不穏な言葉が聞こえた気がしますが、気のせいですか。気のせいですね。そうですか。
「一応ななしくんに食べてもらったものよりは、味付け加えてますけど……。大丈夫ですか?」
「むしろ、おかわり」
……うん、豪快な人だ。
ななしくんの人格形成の要因g(以下略
空になった皿によそったスープも瞬く間に平らげると、そうそうと言いながら手土産を私の前に置いた。
「弟がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」
立ち上がって頭を下げる三和さんにつられるように慌てて腰を上げながら、両手を前に出して気にするなアピールを出してみる。
するとあっさり頷いて笑った三和さんは、持ってきた土産の箱を手に取ってびりびりと包装紙を破く。
「ここのあんこ美味しいのよ~。あんこ好き?」
「……好きです」
豪快すぎて、むしろ細かい事が気にならないです(笑)
三和さんの勢いに思わず笑うと、お茶を淹れる。
「やっぱ、あんこにはお茶ですよねぇ」
「そうよねぇ」
ずずずー……
向こうではななしくんが苦しんでいるのに、このまったり感。
いいのかな。
あぁ、でもななしくんのおねーさんだ。
ふと、二人でお茶を飲みながら和菓子を食べた事を思い出す。
あの頃は、まだ自分が自分じゃなかった……。
「うちの弟、口うるさいでしょ」
突然話しかけられて、慌てて意識を三和さんに戻す。
目の前でうんざりした表情で大福を手に取る三和さんに、思わず小さく頭を振った。
「高校生にしては、凄い落ち着いてますよね。まるで……」
「「お母さん」」
重なった声に、笑い声を上げる。
三和さんはそうでしょそうでしょと、何度も頭を振った。
「またあの弟、うちの母親そっくりなのよー。特に無表情加減が。それでいて面倒見がいいというかうるさくて面倒くさいというか。まぁ、私の場合、適当にあしらいながら便利に使ってるからいいんだけど」
……お姉さま。
「まぁたあの子もあの顔の割に単純だから、文句言いつつもついつい面倒見ちゃうのよね。毎回後悔してるみたいだけど、それが生かされた事なんてないわ」
ふと、その声が力を持つ。
語気が強いわけじゃないけれど、微かに威圧感を漂わせる張りのある声。
私はこくりと、つばを飲み込んだ。




