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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
26日目~28日目 原田視点

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10

バスに揺られて学校に到着したバレー部の面々は、片付けとミーティングを最後に合宿を終えた。

具合を悪くしていた原田は、起こされて動いているうちに体が軽い事を実感した。

要するに、体調はすこぶるいい。

少し悪寒がする気もするが、別に頭が痛いわけでもなく吐き気がするわけでもなく。

咳も出なけりゃ鼻も出ない。


多分冷たい水で体が冷えて、一時的に具合が悪かったんだろうという考えに帰結した。




「お前、本当に大丈夫かよ」

バスの中で唯一冷房をかけられないという迷惑を被った佐々木と井上、そして隣の席だった辻が自転車置き場で困ったような表情を浮かべて原田を見ていた。

「んあ? 見ての通り大丈夫だ。寝たら治った」


……んな馬鹿な。

三人の脳内に浮かんだのは、きっとこの言葉だろう。


原田は自転車の鍵を開けると、荷物を前かごに放り投げる。

「ホント心配するなって。なんか体軽いし、バスの中で寝たのがよかったかもな」

「いやお前、それで治ったら医者いらねぇよ」

「医者に行くほどの事じゃなかったってことだろ。つか、もう帰ろうぜ」

堂々巡りの会話に、さすがに飽きてきた。

本人がいいって言ってるんだから、大丈夫なんだって。


原田はサドルに跨ると、まだ何か言いたそうな三人に軽く手を上げてペダルを踏み込んだ。

後ろでため息をつかれている気がしたけれど、気にしない。



見上げる空は、真っ青。


目に鮮やかだ。








走り慣れた土手を駆け抜ければ、見慣れた庭先。

自転車を停めて中を覗き込めば、見慣れた光景。



縁側に座る麦わら帽子の彼女が、顔を上げて目を真ん丸に見開いた。



口が、「ななしくん」と形作るのが見える。



自転車を庭先に停めて歩き出せば丸く開いた目が弧を描き、綻ぶ様に笑みが零れる。




「おかえりなさい」




告げられた言葉に、原田は目を細めた。




「――ただいま」





原田の声に立ち上がろうとしたアオを、片手をあげて制する。


「あんたドジしそうだから、そのままでいいよ」

一瞬きょとんとしたアオだったけれど、言われたことを理解したらしく見る間にむすりとした表情に変わっていく。

その横に腰かけながら、ぽんぽんと頭を叩くように撫でた。

「俺のいない間も、ちゃんと人間してたか?」

「いる時もいない時も、人間!」

「なら、寝食忘れて……なんてことはなかったんだな」

それだけが、本当に心配だった。

ぽや~っとしてるから、人にだまされるとかそう言うのも心配したけれど、さすがに独り暮らしをしているだけあってそこら辺はちゃんとしているらしかった。

故に、心配事は一つ。


じっとアオを見ながら返答を待つと、なぜか口を噤んだままゆっくりと頭を縦に動かした。

……なんだ、その挙動不審さは。

「本当に、ちゃんと飯を食ってたのか? 菓子とかで誤魔化してないだろうな」

念を押す様に再度問えば、やはり黙ったまま首肯する。

目は、明後日の方を見て。


「……村山先生に、挨拶しに行くか」

「嘘ですごめんなさい!」

村山先生の名前を出した途端、アオは焦ったようにもっていたスケッチブックを横に置いて原田の腕を掴んだ。

「ほんの何日か食べる事と寝る事を忘れただけだから! それだけだから!」

何時になく生意気にも言い返してくるアオが珍しくて、面白くて。

でもそれ以上に心配で。

原田は眉間に皺を寄せながら、アオの頭に掌をのせた。

すぅっと息を吸い込む。


「阿呆か! それだけじゃないだろ? 人間としての欲求を忘れるな!」

「絵描きの欲求は、人間の三大欲求を凌駕するのだ!」

アオのくせに生意気な。

思わず鼻で笑って、にやりと口端を上げた。

「三大欲求が何かも分かってない奴が、生意気な事言うなっての」

アオは押さえつけている原田の手をはがそうと手首を握りしめながら、知ってるもの! と叫ぶ。

「食欲でしょ!? あと睡眠欲、せ……」


「はい、そこまでー」


アオと原田の真ん中に、突如コンビニのビニール袋が現れた。

驚いて顔を上げれば、そこにはさっき別れたはずの三人がそこにいた。

っていうか、辻がビニール袋を原田とアオの間に掲げていて、佐々木と井上は後ろでぜーはーと肩で息をしている。


「お前ら……」

また茶化しにきやがったな……という意味を含めて睨みつければ、辻は困ったような笑顔で肩を竦めた。

「ねぇ、ななし。あのさ、こんなところで女の人に何言わせようとしてるの」

「は?」

いきなり問いかけられて、首を傾げる。

「何を?」

「三大欲求。僕は異性の前で、あまり口にしたくない言葉だけどな」


……食欲、睡眠欲、せいよ……


そこまで考えて、はたと動きを止めた。


「アオさん、ただいま」

固まった原田をそのままに、辻は隣のアオに話しかけた。

「お土産買ってこれなかったから、これ、一緒に食べません?」

がさりとビニール袋を揺らすと、力の抜けた原田の手を振り払ったアオが立ち上がった。


「ありがとう! 今、お茶入れるね」

笑って台所へと入っていくアオは、さっきの事などまるで忘れたかのように楽しそうだ。

「言い合いするために、ここに来たんじゃないんだろうに。何やってんの、原田ってば」

その言葉で固まっていた原田が、罰悪そうに口を曲げる。

「寝食を何日か忘れたとか言われたら、怒るだろ普通」

「オカンなら怒るかもね。もしくは恋人?」


恋人、その言葉に思わず肩を揺らしてしまった原田に、三人が生暖かい視線を送った。


「まぁ、おかんから脱却するのが先決なんじゃない?」


……あぁ、言い返せない。


内心肩を落とした原田を見ていた佐々木が、でもさ、と呟いた。


「聞いてみたかったかも」

「何を」

隣の井上が首を傾げた。

いや、だからさ……と佐々木が真面目な顔をして井上を見る。


「アオさんの口から、せいよ……っ!!」



瞬時に投げられた原田のスニーカーは、佐々木の顔面にクリーンヒットしましたとさ。

(いい子はマネしちゃだめだよby辻)

更新再開します~♪

お待たせして申し訳ございませんでしたm--m

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