小話 岸田さん 1
ななしターン中の、裏では。
2話で終了。
偶然だった。
その場にいたのは、偶然だった。
「アオさんに、何も買っていかなねぇの?」
なんで、私、こんなとこにいたんだろう。
長い合宿も明日で終わるという前夜、同じ宿舎に止まっていた他校のマネージャー達と集まった。
うちの高校が帰ると、残るのは一校のみ。
一校と言いつつも、マネージャーが三人も所属しているのはとても羨ましい。
うちの高校は、私一人だというのに。
「岸田さん、ホント大変だったねぇ。手伝ってくれるとはいえ、女子一人じゃ炊飯大変そうだったもの」
他校のマネージャー……、同学年の神田さんがしみじみと言いながら、お茶を飲んだ。
それに同意するように、二年生の二人が頷く。
食堂はあるけれど、基本的には自分たちで炊飯をするのが決まり。
ご飯とみそ汁のみ、大きな炊飯器と寸胴で施設の人が作っておいてくれる。
残りのおかずとサラダを、岸田は一年生の男子と一緒に合宿中作っていた。
「まぁ、高一男子で料理完璧なんて子がいたら、反対に凄いけどね。でも、無事に終わってよかったよ」
包丁で指を切るとかやけどするとか、部活に支障の出る怪我をされたらたまったもんじゃなかったし。
そう続けると、うんうんと神田さんが笑った。
「それにしても、人数少ないよね。三年抜けたら、厳しいんじゃないの? 岸田さんも引退でしょ?」
「そうなんだよねー」
少しの間は手伝うつもりだけれど、さすがに大学受験と活動を両立していくのは難しいと思う。
ため息をつくと、そういえば……と二年の子が身を乗り出してきた。
「岸田先輩と同学年の、副部長さん! カッコいいですね~、引退されてしまうの寂しいです」
合宿でしかお会いできないのに、と残念そうに頬杖をつく彼女に目を瞬かせる。
「副部長って、辻くんの事?」
「はい、そうです」
少しはにかみながら辻くんの名前をもう一度呟く彼女は、私から見てもとても可愛い。
……私には、出来ない……
そんな言葉が脳裏に浮かんで、思わず口を噤んだ。
そんな私に気づいたのか、少し不安そうな表情を浮かべた彼女が焦ったように口を開いた。
「あ、もしかして岸田さんも……ですか? だったらすみません、変にはしゃいでしまって!」
その言葉に、慌てて両手を目の前で振る。
「違う違う、全然全くないから! 辻くんは……っ」
「……僕が何?」
――!?
突然掛けられた言葉に驚いて、岸田は椅子に座ったままだというのに身を引いた。
椅子の足が床と擦れて、嫌な音を上げる。
慌てて振り返った岸田の視線の先には、今噂になっていた人が首を傾げて立っていた。
小さく「うそぉ」と呟く声が、耳に届く。
辻くんは目を見開いたまま自分を見上げてくる岸田の姿に、もう一度問いかけた。
「僕の名前が聞こえたけれど。どうかした?」
岸田は驚きのあまり真っ白になっていた思考を無理やり戻して、口端を上げた。
「やだ、びっくりさせないでよ……」
辻は傾げていた首を戻して、ふわりと笑う。
「驚かされてるのは、僕の方だと思うけれどね」
柔らかく笑みを浮かべる辻は、確かに格好いい部類に入るのだろう。
けれど……
「岸田さん?」
脳裏をよぎった人の姿を目を瞑る事で消して、岸田は辻に対して首を振った。
「なんでもないよ、辻くん。さて、私そろそろ部屋に戻るね。それじゃ、お疲れ様でした」
最後挨拶をしながら立ち上がると、神田さん達も頷いた。
「そうね、私たちはもう少しいるから……。お疲れ様」
ひらひらと手を振ってくれる神田さんの横で、辻を見ていた女の子が意を決した様に口を開いた。
「辻先輩は、まだいらっしゃるんですか?」
「え?」
驚いたように、上がる声。
つられるように視線を向けた岸田は、辻と目があってすぐに逸らした。
その目が、なぜか冷たさを湛えていたからだ。
けれど、座っている彼女からは見えないのだろう。
はしゃぐわけでもない声で、それでも期待をにじませた色を載せて再び辻に声を掛けている。
けれど辻は片手をあげて、それをやんわりと断った。
「僕も戻るよ。同部屋の奴らに、飲み物を買いに来ただけだから」
同部屋の、奴ら。
その言葉に、思わず肩が揺れてしまう。
「じゃ、皆さんお疲れ様でした」
辻は、岸田の肩を軽く押すと出口へと促した。
それに岸田は抗う事もなく、曖昧な笑みを浮かべたままもう一度軽く会釈をすると食堂から出た。




