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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
3日目 アオ視点
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「あー、わかったってば。うるさいなぁ」

 私は携帯の向こうで怒鳴っている声を流して、さっさと通話ボタンを切った。

「朝の八時に電話って、いくらなんでも早いでしょ」

 携帯をたたむと、そのまま座布団の上に放り投げる。携帯はそこに一度柔らかく沈み込むと、弾むのではなく滑り落ちるように畳に転がった。

 それを目で追いながら、ため息をつく。


 そのまま視線を、表廊下から見える土手へと巡らせた。


 一昨日初めて会った、“ななしくん”。

 一見仏頂面で怖そうにも見えるけど、とても面白い子だった。あれだけ私の事を可笑しな奴認定していたのに、見捨てないで光線に負けて通り過ぎてからまた戻って来るし。大人っぽく見えたのに、あっさりその印象はなくなったなぁ。

 くすくすと笑いながら、スケッチブックを手に廊下から直接庭に降りる。


「今日も来るのかなぁ……」


 そう呟きながら、いつもの如く生垣の傍の縁台に腰を降ろした。



 夏の音が、耳を掠めていく。

 蝉の音。子供達の騒ぐ声。

 麦わら帽子を被って日陰にいる私の額を肌の上を、汗が伝い落ちていく。

 それでも川風が絶えず吹くこの場所は、さわさわと草の揺れる音が聞こえていた。


「……あつ」

 一つ呟いて、傍らに置いてあるペットボトルを手に取る。掌につく水分、随分温くなった中身を喉に流し込みながら、いつもよりは暑くない夏の中に私はいた。




 使い慣れた鉛筆で幾本もの線を描きながら、目の前の風景を写し取っていく。

 消しゴムと鉛筆の濃淡が、色を生み出す。

 モノトーンは、白と黒が生み出す様々な色で作り上げられている世界。



 どのくらい、時間がたったのだろう。

 東の空に浮かんでいた太陽は、南中を過ぎ。少しずつその色を、オレンジに変えていた。

 

 鉛筆から上がる悲鳴のような音が、心の中まで侵食していく。



 目の前には、きらきら光る川面。

 何本も立つ、新緑の桜の木。

 色彩豊かなはずその風景は、私に何も伝えてこない。

 綺麗だと、思うのに。

 なぜ目に映るものと、心に映るものは異なるんだろう……



 もう、私は、だ……




「……また、泣いてんのか」



「え……?」



 その声に、私は顔を上げた。


「ななし、くん」


 そこには、いつもの如く自転車に乗ったななしくんの姿。サドルに腰を降ろしたまま、長い足を地面につけて私を見下ろしている。その顔は困ったような表情で。

「泣いてる?」

 言葉の意味を理解しようと繰り返した言葉に、ななしくんは眉を潜めてその腕を伸ばした。

「泣いてる」

 ななしくんはその指先で、涙を拭う。

 その行動に驚いて目を見開くと、少し申し訳なさそうに腕を引いた。

「悪い、今日はタオルもってねぇんだ」


 え……?


 その言葉に改めてななしくんを見ると、いつもの制服ではなくジーンズにTシャツという私服のいでだち。

「あ……と、今日は部活休みだったんだ、ね」

 そういえば、今日初めて会う。

 ていう事は、朝、ここを通らなかったって事、だよね。

 ななしくんは小さく頷くと、ぎゅ、と眉間に皺を寄せた。

「お前、また朝からここにいたのか」

「……」

「何聞こえない振りして目を逸らしてんだよ、阿呆かお前!? 真夏に一日中外にいたら、熱射病という恐ろしい病気が……っ」

「いや、冷夏だし」

 なんとか話を遮ろうと声を上げれば、眉間の皺がもう一本増えた。

「冷夏だろうがなんだろうが、自分の体調に責任の持てない奴が口答えするな! お前、ホントに俺より年上かよ?」

 あぁぁ、火に油……。

 耳にタコが出来そうなこの状態から脱したくて、私はスケッチブックを両腕に抱えると座っていた縁台から立ち上がった。


「ではアオおねーさんは、家に戻ります。お休みなさい」

「お前、挨拶おかしい。大丈夫かよ、おい……」


 よくわからないままびしっと敬礼して、くるりと家の方に向かって歩き出す。縁側のある昔ながらの日本家屋、そこが私を呼んでいる……。

「ん?」

 一歩一歩近づくにつれ安心するはずの家なのに、なぜが意識がもやもやしてきた。

「あれ?」

 踏み出す足も、重いような変に柔らかいところを踏みしめているような……。


「……アオ!?」


 ぐらりと揺れた意識に、響いたのはおせっかい高校生の叫び声だった。

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