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「……はい、それでは一日の午前中……、はい。お願いします」
見えていないというのに、電話でも頭を下げてしまうのは私が小心者故だろうか。
相手の挨拶を待って通話を切る。
携帯を座卓に置いて、麦茶で口を湿らせた。
顔を上げれば、見慣れた風景。
土手と木々と草むら、そして空のコントラスト。
アースカラーは、優しさと穏やかさを与えてくれる。
どこかでこの空を、ななしくんは見ているのかな。
私にとっての、アースカラーは、ななしくんの存在そのものだ。
くすりと、笑う。
聖ちゃんの時もそうだけど、唐突に気づいてその気持ちにのめり込むのは、私の悪い癖なんだろうね。
極端すぎる自分の感情に、戸惑うよりも笑い呆れる。
ななしくんが合宿に行って、もう一週間以上。
ずっと、その姿を見ていない。
寂しいし、切ない。
けれど、キャンバスに向かっている間は無心で。
無心で、描き続けていた。
心に灯る淡い感情を、色に変えて。
寂しい気持ちを、色にのせて。
幸せな想いを、色に込めて。
ななしくんを思い描きながら、私はその世界に浸りきっていた。
だから、切ないと感じる時はきっと少なかったけれど。
ふと、気づくと。
傍にいない事に心が痛む。
……まぁ、いたらいたで怒られてたと思うけどね……。
その字の通り寝食を忘れて取り掛かったキャンバスは、私の色を描き出してくれたけれど。
様子を見に来た村山先生&看護婦さん達に、幾度となく怒られてしまった。
要さんにも連絡が行ったみたいだけれど、『自己責任』と一刀両断されたらしく、村山先生はななしくんの帰宅を心待ちにしているらしい。
私を怒ってもらうために。
……私、どんだけの人(笑)
描き終えたキャンバスを置いてある、続きの部屋に視線を向ける。
昨日終えたそれを運び込んで、ぴっちりと閉めてある引き戸。
思うまま描いたその色を次に見るのは、三十日と決めてある。
ほぼ一週間……厳密に言えば五日間、私はそれを見ないと決めた。
思うまま色を描いた。
余計な事を何も考えず、思うままに筆を動かした。
聖ちゃんの言葉はない。
聖ちゃんの視線もない。
私の描きたいものを、描きたいだけ詰め込んだキャンバス。
次にそれを見た時。
私はそこに、私を見つけられるかもしれない――
アオターン終了です。
次話から原田ターンになります。




