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キャンバスに向かい始めて、既に三日。
真っ白だったそれは、すでに色の世界。
突然大きな音が鳴って、私は文字通り飛び上がった。
「なっ、何っ」
ばくばくと鼓動を刻む胸を押さえながら、音の発信源を探す。
それは、縁側に放り投げてあった携帯だった。
「……なんか、前にも同じことをやった気がするんだけど――」
そう呟きながら、持っていた絵筆をパレットに置いて立ち上がる。
その間、携帯はバイブレーションのまま大きな音を立てていた。
「そう言えば音楽に変えようと思って、すっかり忘れてたなぁ」
焦る事もなくそれを手に取ると、何気なしにサブディスプレイを見た。
見知った文字に、通話ボタンを押す。
耳に当てると、淡々とした声が響いた。
『やっと出たね』
それに少し苦笑を落としながら、私はその人の名を呼んだ。
「要さん?」
それは、この家の家主でもある祖母、要からだった。
『あぁ、元気かい?』
淡々と話す要さんは、ほんの少し疲れた色をにじませていて。
疲れてるの? の言葉に、深く溜息をついた。
『疲れたなんてもんじゃないよ。子守は十年単位の過去なんだ。まったく年寄りをなんだとおもってるんだろうね、うちの息子は』
微かに笑い声が聞こえるのは、話題に上がった“うちの息子”であるおじさんが傍にいるのだろう。
「でも、楽しんでるんでしょ。要さん」
私の言葉に、要さんはまあねと笑う。
『お前もいい声してるじゃないか。私を訪ねてきたときは、空っぽの人形みたいだったのにな。いい事でもあったのかい?』
どくり。
鼓動が高鳴る。
「……あのね、ここに来てよかったよ」
詳しい事は言わない。
でも、感謝の気持ちを込めて、言葉を紡ぐ。
「ありがとう、要さん」
行き先を誰にも知らせずにここに来た私を、何も言わずに迎えいれてくれたおばあちゃん。
その上、私に何も知らせず周囲にフォローしてくれていた。
両親は、私がここにいることを知らない。
おばあちゃんの知人の世話をしている、そう伝えていてくれた事を知ったのは、つい最近の事。
感謝の言葉に携帯の向こうが、しん……と静まり返った。
一拍後、要さんの声が響く。
『来週の金曜には戻るよ』
その言葉に、小さく頷いた。
「うん、分かってるよ。要さん」
私の返答に、そうかい……と淡々とした声が携帯から響いた。




