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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
14日目~20日目 原田視点

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43/118

原田が駐輪場についた時、すでに井上の姿はなく。

わざとか?! と詰め寄りたくなるくらいむかつくタイミングで辻と一緒に外に出てきた顧問に捕まり時間をロスし、原田は諦めて焦る事もなくアオの家へと向かった。

既に見慣れてきたアオの庭を土手から覗けば、いつもアオが座っている場所より少し内側のベンチで井上が何やら真剣にペンを走らせている姿が見えた。

その傍らには、麦茶の入ったグラスが一つ。

木陰になっていて涼しいのか、井上は暑そうな顔もせず黙々とメニューを書いているようだ。


一つ溜息をついて、庭先から自転車を中に入れる。

その音で気が付いたのか、井上が頭を上げた。


「お、やっと来た。意外と遅かったな、ななしー。俺、猛然と追いかけられるんじゃねーかと思って、結構びくびくしてたんだけど」

なんの躊躇もなく“ななし”と呼ぶ井上に、なんだか力が抜けるのはなぜだろうな。

俺は額の汗を手の甲で拭いながら、井上の座る場所へと歩いていく。

その手元の紙は真っ白だったはずなのに、結構埋まっていた。

「辻と顧問に捕まった。てか、お前結構進んだな。最初っからそうしてれば、大変にならなくて済んだんだが」

「おかん発言はいらねーよ」

口を尖がらせて拗ねるのも、俺的いらねーけどな。井上。

そんな事を内心考えながら、視線を縁側の方に向けた。


「アオは中か?」

「そうですよ、おかーさま」


拳骨を落としたのは、間違いない。





とりあえず荷物をベンチに置くと、俺は縁側まで歩いて中を覗き込んだ。

今日の朝見たまま、何の変化もない部屋。

けれど――


「アオ?」


何時もなら縁側か庭先か、もしくは庭に面している南向きの居間にいるはずのアオの姿が見えなかった。

声を掛けても、何の返事もない。


「アオ、いないのか?」

もう一度声を掛けても返答はなく、ふと不安な気持ちが頭をもたげた。

朝ここに来た時は、体調が悪いようには見えなかったけれど……

縁側から中に身を乗り出して声を掛けてみるが、やはりなんの音沙汰もない。


勝手に上がるのは、さすがに憚られる。

かといって中で倒れていたら? いや、井上の応対が出来たのだから具合が悪いという事ではないと思うけれど――


「アオ!」


不安に駆られて思わず大声を上げた途端、南の部屋の台所に続く引き戸ではないもう一つの戸の向こうから、ガタガタと何かを倒す音が聞こえてアオが顔を出した。


「ななしくん?」

座ったまま引き戸を開けたアオは半身を引き戸から乗り出して俺を見つけると、ふわりと笑みを浮かべて立ち上がった。

ほっと安堵して、背に流れた冷や汗がぶぁっと暑さに変わる。

「……焦った」

そう思わず本音を零した俺をアオはきょとりと見つめると、少し申し訳なさそうに目を細めた。

「ごめんね、聞こえなかったよ」

「あ、いや。大丈夫なら、いい」

はは、とから笑いをして乗り出していた上半身を引いた。

「絵、描いてたのか」

そのまま縁側に腰を掛けると、アオも同じように隣に座って頷く。

「うん」

そう言って空を見上げるアオの頬には、青い絵具が幾筋もついている。

多分、色を塗りながら顔を触ってしまっているのだろう。

同じような色が指先や腕にもついていた。


アオらしいや。

吹き出しそうになりながら、その頬に指を伸ばした。

「あんた、絵の具で化粧してるみたいだな」

ふにっと頬に指を滑らせて絵の具を擦り取ろうとしたけれど、すでに乾いてきているらしく思ったよりも色は薄れなかった。

それでもうっすらと青に染まった指先に一度目を落として、すぐにアオへと向けた視線がはたと止まる。

ただでさえおっきな目をこぼれんばかりに見開いて、じっと俺を見ていたからだ。

「……アオ?」

どうした? という意味を込めて名を呼ぶと、一瞬目を細めて視線を逸らした後、ふわりと笑った。

それは、いつもの表情。


「うーん、いつも化粧してないのバレバレだったかな?」

「へ?」

明後日の方向の返答に、思わず間抜けな声が出た。

けれど、アオはにこにこと笑うだけ。

「もうね、成人してるしね。本当はお化粧しないと駄目なんだろうなーって思うんだけど」

楽しそうにしゃべるアオに、さっきの表情は欠片もない。

その事を疑問に思いながら、アオの話に耳を傾ける。

化粧の話をされても内容は全く分からないけれど、その声音を探る。




ここ数日しかアオといないけれど、気が付いた事がある。


最初、何も感じない空っぽな表情をしていたけれど、少しずつ感情が含まれて。

何も考えずに話しているように見えて、何かを隠しているように思えた。


今も、そうだ。


何に反応したのか分からない。

その“何か”に反応した自分の感情を、俺の目から綺麗に隠す。



その感情が、悲しみなのか苦しみなのか、ただ単に懐かしむものなのか。

感情のベクトルがどこを向いているのかは、全く分からないけれど。




……って、俺。

なんかマジで危ない奴みたいだ――




がくりと肩を落としたその仕草に、アオが顔を上げた。

「ななしくん、どうしたの?」

その声は、純粋に向けられた疑問で。

「いや、なんでもない」


あんたに対して無意識に観察まがいの事をしてる自分が変態臭いとか思ってます、とか脳内で呟いてみた。



――うん、阿呆だ。



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