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「お前ら、なにやってんだ……?」
その声に、大げさなくらい鼓動が跳ねた。
ドクリと、音が聞こえるくらい。
すぐに反応したのは、井上くんの筆を奪って勝手に絵を描き足していた佐々木くんだ。
不思議そうに首を傾げながら、その絵筆をななしくんに向ける。
「あれー? ななし、帰ってくるの今日だったっけか?」
「……なんでお前らいるんだよ」
佐々木くんの言葉に大きなため息を吐きながら、庭先からこっちを見下ろしているのは。
「ななしくんだ!」
思わず、自分でも驚くくらい声が大きくなった。
それにびっくりした様に目を見開いたななしくんは、私を見てから少し視線を逸らした。
「……きちゃいけねーのか」
「……なんで? 今、麦茶持ってくる!」
ぼそりと呟いた声によくわからず返事をすると、ベンチから立ち上がってグラスを取りに家の方に走り出す。
「おいっ、いきなり走るな! こける!!」
「そんなわけな……っ!?」
い、と続くはずだった言葉は途切れ、がくんと足から力が抜ける。
こける! と思った瞬間、後ろから伸びてきた手に腕を取られて引き寄せられた。
背中に当たる体温が、凄く高い。
腕に触れている掌が、汗ばんでいるのが伝わってくる。
至った考えに思わず笑ってしまうのは、やっぱりななしくんがななしくんだからだろう。
「頼むから、動くときは細心の注意を払え。手首足首、その後行動だ」
「なにそれー」
相変わらずの世話焼きおかん発言にへらへらと笑うと、軽めだけれどまごう事なく拳骨が落とされた。
「真面目に聞け、真面目に」
そう言いながら私の腕を離して、むすりとした顔のまま横を通り過ぎる。
「あれ? どこ行くの?」
慌ててその背中を追い掛ければ、振り返る事もせず縁側へと歩いていくななしくん。
「あんた待ってたら、麦茶飲めるまでに日が暮れる」
「何それ! ななしくん、年上を馬鹿にしすぎ」
「年上だと思ってほしいなら、尊敬できる態度を取れ」
「ひどっ、こんなに素敵な大人女子を!」
「そう思えたら、あんたすでに可哀想な平凡女子だ」
平凡女子の何が悪い!
そんな言い合いをしながら、縁側から部屋へと上がる。
勝手知ったる家のように、ななしくんの名前入り(by私のマジック書き)湯呑を取ってこっちを振り返ってなぜか硬直した。
「……? どうしたの、ななしくん」
名前を呼んでも、返答がない。
首を傾げながら、ななしくんの視線を辿る様に振り返ってみれば。
「あれ? 誰もいない」
さっきまでいたはずの三人組の姿が、綺麗さっぱり消えていた。
「いきなり帰らなくてもいいのに。どうしたんだろうね」
そう呟いたのと同時に、ななしくんのポケットからやけに重苦しいメロディーが流れだした。
それはもう、ねばーっこい感じの変な曲。
「……佐々木か」
嫌そうな顔で呟くと、ジーンズのポケットから携帯を引っ張り出す。
「変な曲、好きなんだね。ななしくん」
なんか耳の奥にねばねばと引っ付きそうな、妙な気持ち悪さ。
ななしくんは携帯を操作してその音を止めると、着信ではなくメールだったようでいくつかボタンを押していく。
「佐々木用の着信だから」
……どれだけ嫌な奴認定されてるんですか、部長の佐々木くん。
思わず苦笑した私は、ひょいっと携帯画面を覗き込んだ。
途端、ななしくんが私に見えないように手を上げる。
「けち」
なんとなくちらっとは見えたんだけど、全文読めてないんだけどー。
表情で伝えると、ななしくんは嫌そうな顔をもっと顰めながら台所へと足を向けた。
「麦茶貰うぞ」
「ごまかし? 誤魔化すの?」
「くだらない内容だから、アオは見なくていい」
「……なんか仲間はずれ感」
「佐々木と仲間にならんでいい」
んー?
まぁ、いいか……。
なんとなく腑に落ちない感満載ではあるけれど、頑なななしくんを説き伏せるスキルもないのでまぁいいや。
麦茶を湯呑に注ぐそのわきから、氷を一.二個入れる。
グラスのような軽やかな音はしないけれど、それでも湯呑が涼しさを纏った。
「ななしくん、今日帰ってきたの?」
台所から出るとさっさと湯呑を私に預けて、ベンチに置いたままだったグラスをお盆ごと回収してきたななしくんが横に腰を下ろす。
縁側は、やっぱり涼しい。
庇が広く影を作ってくれるから、日差しが遮られて自然の風で涼を得られる。
けれど夏とはいえすでに遅い時間、夕闇が東の空を染めはじめていた。
ななしくんは少し私に目を向けると、すぐに目の前の風景に視線を戻す。
「さっき、家ついた」
荷物だけおいてこっちに来た、と続けるななしくんはいつもよりなんだかぶっきらぼうだ。
さっきから、私の方を見ない。
何か、あったのかな?
「ななしくん、何か疾しい事でも……!」
「なっ! ねーよそんなもんっ!」
あれ、一刀両断否定されてしまった。
思わず麦茶を吹き出しそうになったらしいななしくんは、顔を真っ赤にして怒ってる。
「いやぁ、なんかむすーっとしてるから、嫌な事でもあったのかと……」
「なら、そう言え! 疾しいとかあんたに対して思うわけないだろうっ!」
「……私に対して疾しい?」
意味が分からず聞き返すと、しまったと呟いてその口を右手で覆う。
「うるせーな」
そしてかなり小さな声で、そう呟いた。
……何このギャップ。
ぶっきらぼうが照れている……!
「これが、かの有名な“ツンデレ”なんだねななしくん!! もしくは”ギャップ萌え”!」
――頭を掌で掴みあげられるまで、あと三秒(笑




