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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
12・13日目 アオ視点

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33/118

どくり。

それまで以上に、鼓動が大きく跳ねた。



「僕が言った通りの構図で、僕が言った通りの色使い。こうした方がいいんじゃないかと言えば、次に見た時にはそう直っている」

「いい生徒じゃないか」

「何言ってるんですか。そんな風に変えてしまった絵は、もう彼女のものではありませんよ。僕の代理なだけです」

「きついね」


教授の苦笑が聞こえてきたけれど、それ以上に体が震え始めた私は自分が立っているので精いっぱいだった。


「僕は彼女の絵が好きだったんです。初めて見た時、衝撃を受けました。負けたとさえ思った。その才能を羨んだことも悔しいと感じた事も……妬んだこともあります」



聖ちゃんの口から語られる言葉が、私の気持ちを否定していく。

けれど私が聞いていることを知らない聖ちゃんは、今までずっと我慢していた感情を吐きだす様に言葉を続けた。



「教授。自分よりも才能のある人が、自分の言う通りにしか絵を描かない。それが、彼女本来のものよりも劣るとしたら、どう思いますか?」



「君の言う通りというより、君への気持ちが詰まった絵だと思うけれどね」

「……何度も言いますが、彼女は僕の可愛い従妹です。僕は純粋に、彼女の描く絵に……あの色のとらえ方に憧れています」

「とらえる?」

「えぇ。初めて見た彼女の描く絵は、そこにある色を捕まえる様に映し取っていた。鮮やかで爽やかで。惹き込まれるような艶やかさ。僕は、もう一度あの感動を味わいたい。今のあの……あの彼女の描く色ではなくて」


それに……、そう続けた聖ちゃん。


「絵が好きで、自分が楽しくて描いていた彼女はどこかに行ってしまった。……今の彼女は、本来の彼女じゃないんですよ」


深く溜息をつくその声音は、本当に悔しいという雰囲気がありありとあらわれていて。

私は足音をさせないように、その場から逃げ出した。










大学を出て逃げ帰ったのは、一人暮らしのアパート。

震える指で鍵を開けて、中に駆け込む。




落ち着かない心臓と比例するように、ぐちゃぐちゃになる思考。



“自分よりも才能のある人が、自分の言う通りにしか絵を描かない――”



どういう事?

私は、私の絵を描いていたはず!

聖ちゃんへの想いをこめて。

なのに、聖ちゃんは私の気持ちを利用してた……?!



言われた言葉に与えられたショックと、自分の気持ちを利用されていたという悔しさがないまぜになって私を襲う。




”否定することで、僕から離れてしまうのを止めたかったというか……。卑怯だとは思いますが、僕は彼女の絵を傍で見ていたくて”



酷い……っ!



悔しさに歪む顔に、幾筋も涙が落ちる。

聖ちゃんの為に……、聖ちゃんの為に頑張ってきたのに……!

こんなのってないっ!


八つ当たる様に鞄を壁に投げつければ、大きな音を立てて立てかけてあったものと共に床に転がった。


それは、いくつものキャンバスやスケッチブック。


風景画を中心にした私の絵。

目にした途端、聖ちゃんの声が脳裏に浮かぶ。



”本人の心のこもっていない絵”



そんな事ない!


さっきはすぐに出てこなかった否定の言葉が、溢れ出す。


確かにキャンバスに向かうと、全く何も覚えていないほど描くことにのめり込むけれど。

でもちゃんと心を込めて描いてた!

聖ちゃんの言う通りに……っ



「え?」



“自分の言う通りにしか絵を描かない”



聖ちゃんの……?



「……言う通りに?」



私。

何を、描いてた……?



唐突に、気づく。



無心だった。

何も考えずに絵筆を動かしてた。

けれどその根底には。


”聖ちゃんの為に”


その気持ちがずっとあって。


描いたその後――



私。

何を、した?



聖ちゃんに褒めてもらいたくて。

聖ちゃんに喜んでもらいたくて。




「聖ちゃんの言う通りに、描き直して……た?」




声になった自分の言葉を、慌てて頭を振って否定する。



だって……っ

「私、聖ちゃんの傍にいたくて絵を描いて……っ!!」





その言葉に、ひくりと体が引き攣れる。





愕然とした。


自分の本音に、呆然と立ち尽くした。

分かっていたはずなのに、今までと違う意味がそこにあった。




さっき聖ちゃんが口にした言葉と何ら変わりのない、私が酷いと(なじ)った言葉。

恋愛感情が絡むか絡まないかの少しの差。

私の絵を見ていたい為に、私からの気持ちを曖昧に濁して傍にいた聖ちゃんと同じ。

自分の絵を聖ちゃんの言う通りに変えて、聖ちゃんを傍に縛り付けようとしてた……?



私が聖ちゃんを詰る権利は、一つもない。


それどころか……



”自分よりも才能のある人が、自分の言う通りにしか絵を描かない。それが、彼女本来のものよりも劣るとしたら、どう思いますか?”



聖ちゃんは、それを、見ていた。

聖ちゃんの言う通りに描いて、聖ちゃんの思い描く絵ではない私の描くものを。





それは聖ちゃんに対して、何よりも侮辱じゃないの……?





呆けたように座り込む。

その私の目に映るのは、散乱したキャンバス。




“初めて見た彼女の描く絵は、色を映し取っていた。鮮やかで爽やかで”




「私の、絵?」



キャンバスを手に取って、後ろへと放る。

嫌な音を立てて、床に落ちた。



「私の絵て、どれ?」



“惹き込まれるような艶やかさ。僕は、もう一度あの感動を味わいたい”



何枚ものキャンバスが、何冊ものスケッチブックが、放り投げられていく。

それでも、見つけ出せない。





“今のあの……あの彼女の描く色ではなくて”






――私の色、て……どれ?





”今の彼女は、本来の彼女じゃないんですよ”





――本当の私、て……どんな人間だった?






分からない。

分からない……!






「……っ」




唐突に。



私の世界から、色が消えた。

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