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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
12・13日目 アオ視点

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32/118

聖ちゃんは美大に進むことを熱心に勧めてくれたけれど、私は断った。

それは親も同じ意見だったらしく、家族総出で拒否をする私達に聖ちゃんは諦めたらしい。

両親と私の拒否する理由は、天と地ほどの差があったけれど。



ただ。

いくつか候補のあった大学の中で私が決めたのは、聖ちゃんがアルバイトで絵を教えている美術部のある学校だった。


そうすれば。

聖ちゃんは自分を見てくれるから。

美大に進んでその他大勢の一人になってしまうのだけは嫌だった。



今思えばくだらない理由だ。

でも、あの時は本当に真剣だった。



楽しかった。

元々描くことが好きだった私にとって、聖ちゃんとの繋がりを与えてくれた絵を何倍も好きになった。

絵を描くことに専念したくて、両親を説得して大学の近くで一人暮らしを始めた。

バイトもして、講義も受けて、絵も描いて。

部活に行けば常に傍にいてくれる聖ちゃんの存在に、心は浮かれていた。

周囲にからかわれたときだって、聖ちゃんは動じる事もなく笑って言ってくれた。



”僕の大切な子だからね”



嬉しくて嬉しくて。

走り出したい位だった。



だから、頑張って。

たくさんたくさん、絵を描いた。



聖ちゃんへの想いをこめて。







だというのに。

――言われた。

“心を込めて”



意味が分からない……。





しばらく考え込んだ私は、気持ちを切り替えようと椅子から立ち上がった。

用具を片付けて、顔を洗う。

水彩絵の具とはいえ、うっすらと残る頬の色に思わず指を添わせる。

聖ちゃんが好きだから、聖ちゃんの言ってる事、理解したいけど……。


一つ息を吐き出して、顔を上げる。



もう一度、聞いてみよう。

もう一度、言ってみよう。


聖ちゃんなら、答えはくれなくてもヒントぐらいはくれるはず。


心がこもってないなんて、聖ちゃんにだけは言われたくないもの。





荷物を手に歩き出す。

用事があると言っていた聖ちゃん、たぶん美術部の担当教授の手伝いのはず。

古典文学専攻の教授だけれど、趣味で絵を描いていて。

その繋がりで、美術部を見てくれている初老の教授。


温かいその雰囲気を思い浮かべながら、教授棟のその先生の部屋へと向かう。

案の定、階段を上がって廊下に出ると、教授と聖ちゃんの声が聞こえてきた。



「心がこもってない、ねぇ。また、厳しい事言ったもんだ」

その言葉に、足を止めた。

今聞きたい話を、そこでしてる。

耳をそばたてて、廊下の壁にはりついた。

「えぇ、そうですね。でも、本人の心のこもっていない絵は、その先に向かえません」

本人の、心?

「こもってるように見えるけど」

不思議そうな教授の声に、苦笑する聖ちゃんの声。

「……気が付いてますよね、教授。彼女の描く絵に、こもってる心の意味」

私の絵にこもってる心の意味?


それは――


「君への想いに溢れかえってるって? 嬉しいでしょ」


一瞬にして、顔に血が上る。

恥ずかしさに、頬に両手を押し当てた。

聖ちゃんに伝えた事のない言葉。

それが伝わっていたことに、恥ずかしさがこみ上げる。



けれど、次の言葉で頭が真っ白になった。



「……嬉しいと……思いますか?」


……え?


気持ちを否定される言葉に、足元が揺らぐ。



「大切な子じゃないの?」


けれどなんの動揺も見せない教授は、不思議そうに聖ちゃんに問いかけた。



「大切な従妹で、大切な生徒、ですよ」

「あれ、そうなの? 凄く彼女を大切にしてるから、周りは二人が付き合うものだと邪推してたんだけど。だって君、否定してないだろう? 彼女の気持ち」

少し、間があったと思う。

その後聞こえてきた、聖ちゃんの言葉は今まで言われた事のないものだった。



「否定することで、僕から離れてしまうのを止めたかったというか……。卑怯だとは思いますが、僕は彼女の絵を傍で見ていたくて」



足元が崩れ去る感覚に、思わず壁に手をつく。

抱いていた期待が崩れ去る以上の衝撃が、襲う。

好意を持っていてくれるどころか、聖ちゃんが見ていたのは私ではなくて私の絵だけ……?



「……それは、まぁ。気持ちは分からないでもないが。でも、彼女には酷だね」

「否めません。でも僕は、彼女の才能に惚れてます。あの才能は伸ばすべきだ。だというのに……」

ため息交じりの声。



「今、彼女が描いているのは僕に褒められるための、絵です」



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