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何も疑問に思わず、ただただ自分の感情のまま日々過ごしていた。
傍にいるあの人が、何を考えているのかなんて知る事さえしようとせずに――
「描く時は、無心だよ」
大学の部室で、私はにこやかに言い放った。
何も考えない。何も疑わない。
目に映り心に映り込むその風景その感情のまま、キャンバスにのせていく。
「でしょう?」
そう問い返すと、彼は目を細めて笑う。
「君が言うなら、そうなのかもしれないね。でも、もう少し自分の心を込めてみて?」
「心を込める? それ、最近ずっと言われてる気がする」
言われて少し考え込む。
一度自分の描いていたキャンバスを見てから、彼を見上げた。
椅子に座ったまま立っている彼と話しているから、どうも首が痛い。
そんな関係ない事を思い浮かべながら、それでも答えが見つからず首を傾げた。
「心なら、込めているつもりだけれど。おかしいかしら」
頬に手を当てると、冷たい感覚にすぐ離した。
何時もの事だ。
無意識に絵具のついている指で、顔を触ってしまう。
立っていた彼はくすりと笑って、指を伸ばす。
「絵を描き終える頃の君は、まるで絵具で化粧をしているような感じになりそうだね」
「後で洗うからいいの。でも……ねぇ? 私、心を込めて描いているつもりなんだけど……」
彼の発した言葉が、どうしても気になる。
「いつも言ってるけれど、自分で考えないと駄目だよ、ね? あぁ、僕用事があるからもう行くけれど、あまり遅くまで残らないようにね」
「え、あ……っ」
彼はぽんと、軽く私の頭に手をのせるとそのまま部室を出て行ってしまった。
音をたててしまったドアを見つめて、溜息をついた。
「分かんないよ、聖ちゃん」
ポツリ呟いてキャンバスに向き直ろうとした時、そばの机に置いてあった雑誌が目についた。
自分の名前が、でかでかと書かれている表紙に思わず眉根を寄せる。
「……他人に認められても、聖ちゃんに認めてもらえなきゃ意味ないよ」
ずっとずっと、私を見守ってくれた聖ちゃん。
聖ちゃんが背中を押してくれたから、頑張ってこられたのに。
学生の自分に浴びせられる分不相応な賞賛に竦んでいた私を、諭して前を向かせてくれた母方の従兄。
年は離れているけれど、幼い頃から仲のいい親戚だった。
けれど、ある日学校で描いた私の絵を見て、その関係は変わった。
私にはわからないけれど、聖ちゃんはなぜかその絵をものすごく褒めてくれた。
美大に進学していた聖ちゃんは、よくわからない専門用語を駆使して褒めてくれた。
よくわからなかったけれど、何を言ってるのかどこがいいのか全く分からなかったけれど。
それでも。
聖ちゃんに特別にみられることが、嬉しくてたまらなかった。
ずっとずっと抱いていた憧れに、希望が見えた瞬間だった。




