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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
8日目~11日目 原田視点

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大股で台所に入ると、後ろから追いかけてくるアオの足音。


「いやあの、ななしくん? これは、その……」

「これは、その。なんだ?」

テーブルの傍に立つ原田の視界には、お椀に入った小豆色の汁が見える。

小さな白玉も浮いていて、美味そうだ。

それは、いい。

いいけれど。


「よもやまさか、これが朝食とかいわねぇよな?」

「しょしょしょ、食前のデザートだよ!」

「食後のデザートじゃなくて、食前ね。で、飯は?」

「ごめん、食後!」

「じゃあ、使った食器は?」

「洗った!」

「洗いかごに、なんもねーけど?」


静まり返る、台所。

顔を逸らしてアオを見れば、後頭部を片手で押さえながらにへらと笑っている。

言い訳が尽きたらしい。


「あんた、監視されながら飯を食うのが好きなのか?」

「好きなわけないじゃんー」

「なら、なんでちゃんと飯くわねぇんだよ! また俺に監視されたいのか!」

いらつきのまま叫べば、きょとんとした一転アオが茶化す様に笑った。

しかもにやにやって言葉が似合う、笑み。


「俺に監視だって~。ななしくん、すけべー」

「……はぁ?」


何言ってんだこいつ。

原田は怪訝そうな表情を浮かべながら、お椀を片手で掴みアオを押しのけた。


「あぁっ! 私の懐中最中!」

「懐中最中は美味いけど、朝飯じゃねぇ。……ほら」

お椀を居間の座卓に置いて、縁側に置いておいたビニールを手に取って座卓の自分の席に座った。

不思議そうに見ているアオの前で、座卓の上に袋の中身を取り出して並べる。

「パン?」

「うちの近所のパン屋のだけど、けっこう美味いから」

サンドウィッチやベーグル、アオが好きそうな菓子パンをいくつも取り出す。

それを見ていたアオが、途中から首を傾げるくらい。


「ななしくん、多いよ」

合計、十個。確かに多い。

けれど。


「あんたの昼飯も含まれてんだよ。ちゃんと食えよな」


アオはパンと原田の間を交互に見ていたけれど、ふわりと笑った。

「ななしくんは、優しいねぇ」

「……」

思わず、その表情に目が惹き付けられる。

嬉しそうに、……安堵したように笑うその表情はとても安心しきった笑顔で。


昨日の彼女を見ているからか、よく分からないけれど思わず鼓動まで早まる。

原田はそれを隠すかのように、手前のパンをいささか乱暴に掴むと袋から出して食いついた。

「おだてたって何もでねぇからな!」

「パンが出た!」

「今じゃねぇ、言われた後の事だ!」

あぁぁ、アオといると自分のペースを狂わされる。


内心の葛藤をパンを食べる事で発散し始めた原田に、アオは台所から湯呑を持ってきてお茶を淹れた。

「あんまり急いで食べると、むせちゃうよ?」

とん、と目の前に置かれた湯呑。

湯呑には、ななしくんと大きく書かれている。

これは食事を一緒に食べ始めた日に、アオが原田用にと客用の湯呑にマジックで書いたものだ。


数日しか使わないのに阿呆だなぁとそれを見て思ったが、その文字が変に嬉しく思えるのはきっと今喉が渇いてるからだよな、俺!


言いようのない感情を隠しながら原田は、ちらりとアオに視線を向けた。

口につけた湯呑から上がる湯気の向こうの、アオ。

彼女は、とりあえず懐中最中を完食することに決めたらしい。

たまに白パンをちぎって浸しながら、それを口に運んでいる。



……小動物か。

ちまちまと食べるその姿は、まるでハムスターのようだ。



なんとなく無言のまま、朝食の時間はあっという間に過ぎた。

ポケットに突っ込んでおいた携帯が、軽快な音楽を奏でる。

「時間、か」

原田はそう呟くと、残りのお茶を一気に呷った。

それを座卓に戻して立ち上がる。


「んじゃ、俺行くからな。今食ってるパンは、ちゃんと完食しろよ? 昼飯も食えよな」

アオは小さくちぎっていたパンを口に放り込むと、大きく頷く。

その仕草に、原田はぽんと頭に一度手を置くと、縁側から庭へと降りた。

「じゃーな」

振り返って、軽く手を上げる。


「いってらっしゃい、おかーさん!」

「違うわ!」


突込み返しながら、原田は自転車に乗って高校へとこぎ出した。





少し行ってから自転車を止め、後ろを振り返る。

当たり前だけれど、アオの姿はない。

最初、アオが座っていたベンチが見えるだけ。


原田は小さく息を吐き出して、再び前を向いてこぎ出した。





行かないとならないのに。

大体、好きでここにいるわけじゃなくって、アオに巻き込まれただけなのに。

後ろ髪をひかれるって、こういう感じなのか?


「いやいや、違う!」


思いついた言葉を、声に出して否定する。


きっと昨日の事があったから心配してるんだ俺は、と内心繰り返しながら原田は高校へと向かった。


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