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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
1日目 アオ視点
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「どうやら気を遣わせてしまったみたいで、ありがとう。うん、じゃあ帰ります」

「いきなり素直だなぁ、おい。まぁ、途中溝とかにはまらないように。あんたならやりそうだから」

「なぜ、私の子供の頃の得意技を……!」

「……マジかよ」


 そうか、見られていたわけじゃないのに、自分から暴露する私ってどうよ。まぁ、いいや。


「じゃ、そういうことで。ご馳走様」

 くるりと後ろを向いた私の肩に、手が掛かる。

「まて。家は遠いのか? 送って行った方がいいか? ホンキであんた、どっかではまりそうな気がする」

 少し焦った声に顔だけ後ろに向けた。

 

「なんというか、凄く面倒見のいい。高校生にしておくのは惜しい男だ……」

「――舐めてる?」

「冗談です。あぁ、送ってくれなくても大丈夫」

「即答だな」

「うん、だって……」

 そこまで言って、私は川とは反対側を指差した。土手続きのそこには、いくつか住宅が並んでいて。私の指がさすのは、その一つ。


 そこにあるのは庭がだだっ広い、平屋建ての木造住宅。これぞ田舎の日本家屋とでも銘打ちたい位、縁側が自慢の私の住む家。


「送ってもらったようなものだし」

 その子はぽかんと口を開けて家を見ると、そのまま視線を私に移した。

「こんな近いんなら、自分ちで呆けろよ。俺迷惑な。心配した時間を返せ」

「……はい」

 手に持ったペットボトルを、その子に差し出してみる。案の定、阿呆な子、みたいな顔された。


「人がやったもん、渡すか普通」

「……だって、返せって」

「ほぉ?」

 あぁ、上から見下ろされると怖い怖い。

 威圧感にやられながら、二・三歩後ろに下がる。


「じゃぁ、ちょっと待ってて。ここにいてよ? いい?」

「あ、おいっ。冗談だって……!」

 後ろから声が聞こえたけど、無視して生垣を飛び越えるとそのまま開いていた表廊下から中へ上がる。座卓の上に置いておいた紙袋を取って、そのまま引き返した。


「お待たせ、ななしくんっ」

「ななしってなんだ、おい」


 だって名前知らないし。

 心の中でそれに答えながら、紙袋を開いてそこからプラスティックケースに入ったものを取り出した。


「はい。これ」

「は?」


 反射で出たであろう手のひらに、ぽん、とそれを置く。

「何これ」

「和菓子。なんだかよく分からないけど、多分綺麗でしょ?」

「ま、確かに……ていうか、多分てどういうことだよ」

 彼の言葉を無視して、ケースに入った上生菓子を指先でつつく。

「朝に買ったものだから、安心して食べて」

 ななしくんは少し戸惑ったような表情を浮かべたけれど、それをスポーツバッグに入れた。


 その瞬間に、ケースの裏の賞味期限を確認したのを、私は見逃さなかったよ! ななしくん! なんてしっかりしてるんだ、若いのに!


 目ざとく私が見ていた事に気づかなかったらしく、なんでもないようにスポーツバッグのチャックを閉めた。

「押し問答してもあれだから、貰ってくわ。あんがと」

「お礼であげてるのに、それにお礼言われてもねぇ。言葉遣い悪い割には、ホント礼儀正しいというかなんと言うか。君、本当に高校生?」

「どう見ても高校生だろう。こんなトコにずっといたから、頭の方がきっとどうにかしちゃったんだな。可哀想に」

 可哀想なものを見る視線と、ぽんぽんと頭にのせられる手のひら。


 うん、この子。


「おねーさんは可哀想な子じゃないから、もう大丈夫。引き止めてごめんよ、ななしくん」

「おねーさん? 妹の間違いじゃねぇの?」

 少し驚いたように頭にのせていた手を浮かせるななしくんに、おもいっきり満面の笑みを向ける。

「おねーさん、一昨年高校卒業してるから」


 ……おい、何で絶句してる!


 一瞬で立ち直ったらしく、余計眉尻下げられて頭を撫でられた。

「っわー、年上なのに可哀想な子……」

「……失礼な」

 両腕を前で組んで背を逸らすと、ななしくんはゆっくりと自転車のサドルを跨いだ。

「ま、元気ならいいんじゃない? んじゃ」

「おぉ、ありがとよ。ななしくん」

 ななしってなんだよ……、そうぼやきながらも彼は自転車をこいで土手を走り去っていった。それを自宅の庭先から見送る。



「……」


 

 その向こうに、沈みかけの夕日が濃いオレンジを晒していた。


 垣根の横にある縁台に腰をかける。もともと表廊下の前に設置してあったもの。木が腐りかけているらしく、体重をかけるとぎしりと軋んだ。



 ここに来て一週間。

 色のない私の世界に、少しだけ何かが入り込んできた。


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