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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
5日目~7日目 アオ視点
19/118

何の返答もない事に、通話の相手が窺うような声を上げて私の名前を口にした。

{聞いてる?}

どくりと鼓動がおかしなリズムを刻んで、思わず携帯を握る手に力を込めた。

聞こえないように息を緩く吐き出す。

すぐさま切りたい衝動に駆られたけれど、なんとかそれをおさめて口を開いた。

「聞いて、ます」


出た言葉は、なんともシンプルで抑揚のない声。

こんな声、こんな言葉、彼に伝えた事は一度もない。

彼も驚いているのか、微かに息をのむ音が響く。

{皆、君がどこに行ったのか心配してる。今、何処にいるの?}

穏やかで落ち着いたその声が、今まで本当に好きだった彼の声が、まるで異質なものに聞こえる。

「お休みだもの、何処にいてもいいでしょう?」

努めていつも通りの声を出したつもりだったけれど、彼には伝わってしまったらしい。


微かな、震えを。



{俺の所為、だよね}


その言葉に、フラッシュバックする記憶。

それを追い出す様に、ぎゅっと目を瞑った。

「違います」

ほとんど、反射で答える。

「ただ単に、のんびりとしたかっただけです」

{そのきっかけが……}

「違います。あなたの所為ではありません」

彼の声を遮って、きっぱりと断言した。


携帯の向こうも、私も、ただずっと黙ったまま。

どんどん翳っていく部屋の中が、重苦しい空気に包まれる。



辛い。

苦しい。

……もう、嫌だ。


自分の馬鹿さ加減を反芻するのは、嫌……!



このまま切ってしまおうと、ボタンに乗せた指先に力を入れようとしたその時。



「アオ?」



「……っ」



体から、力が抜けた。

くたりと縁側に座り込む。

伏せている視界には私の膝しか映っていないのに、声だけで心配そうな表情が思い浮かべられて思わず目を閉じた。



「おっ、おい?」



少し遠かった声が、駆ける足音と共に近づいてくる。

あぁ、なんでこんなにホッとするんだろう。

なんでこんなに、ななしくんの声は温かいんだろう。



「時期になれば帰ります。大丈夫ですから」

{ちょっ、ちょっと待って! あ……っ}

言いたい事だけを伝えると、呼び止める彼の声を無視して通話を切った。

途端、肩に置かれる掌。


「アオ? どうした?」


微かにこめられた力に従って、ゆるりと顔を上げる。

そこには心配そうに私を見ている、ななしくんの姿。

自然に笑みを浮かべる。



「おかえりなさい、ななしくん」



あぁ、やっぱりななしくんは凄い。

ななしくん効果は、絶大だ。



ななしくんは戸惑う様に視線うろつかせた後、私の手元にある携帯を一瞥して目を細めた。




「ただいま」




……初めて、言われた気がする。


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