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「あんた、青が好きなのか?」
夕方部活から戻ってきたななしくんは、縁側に広がる切り取ったスケッチブックを手に部屋へと上がってきた。
さすがに連続で怒られる気のなかった私はすでに部屋の中にいたけれど、描いた紙もスケッチブックもそのままにしてある。
ってまぁ、中村先生がさっき来たからなんだけどね?
そして怒られたからなんだけどね? 呆れ交じりで。
そんな中村先生に追い立てられるように、近所の商店街にも行ったしお茶を沸かす以外使っていなかった台所で朝に引き続き料理も作った。
ななしくんと会ってまだ数日なのに、あの瞬間歪んだ世界が少しずつ変わっていくのが分かる。
味噌汁を座卓に置きながら、ななしくんの手元にある画用紙を見上げた。
「アオだもの」
ね? と笑えば、ナルシスト……と呟きが返ってくる。
「世話焼きオカン」
「んあ? そうさせてるのはどいつだ?」
「え? 標準装備でしょ? ななしくんのスキル的に」
「どんな高校生だよ!」
ぽんぽんと交わされる会話が楽しい。
最後に湯呑にお茶を淹れて、腰を下ろした。
そして箸を持つ。
「「いただきます」」
二人の口にするタイミングが合って、少し驚いたように私を見るななしくん。
直ぐに面白くなさそうに、目を逸らしてしまうけれど。
「かわいいなぁ」
思わず呟けば。
「余計なお世話だ、不思議女め」
おかずをたんまりと、ご飯の上にのせられました。
……食べられません、こんなには。
昨日まで大福とか和菓子とかで栄養摂取していた私は、胃が小さくなっているのか食欲はあるけれどいかんせん量を食べる事が出来ない。
思わずおかずを凝視すれば、戸惑ったような視線の後に、箸で2/3くらい持っていってくれました。
「ちょろい」
「ざけんなよ、おら」
そして1/3、戻されました。
一応同じ仕草をしてみたけれど今度は持って行ってくれる気配がなく、諦めて何度も咀嚼しながらゆっくりと口に運ぶ。
「それにしてもあんた、飯作れたんだな」
もぐもぐと黙って食べていると、すでに白米を食べ終えたななしくんがそれでも私が確実に残すだろうおかずをもりもりと口に放り込みながら意外そうに口にした。
「どういう意味」
どういう意味って……、とななしくんは眉を顰めてお茶を啜る。
「大福とか和菓子とか、あんた菓子しか食ってないからさ。てっきり、作れないからそうしてるんだと思ってた」
「一応少しはね、一人暮らしだし」
「いや、あんたの場合は一人暮らしでも実家暮らしでも、自分を突き通すと思えるがな」
……口悪い。
ななしくんの言葉に箸を銜えたまま口を突き出すと、それを抜き取られて皿の上に置かれた。
「態度悪すぎだってーの。今時、小学生でもやんねーぞ、そんな事」
ったく、朝といい今といい……とぶちぶち説教を始めるななしくん。
箸の使い方を怒る男子高校生も、中々のものだと思いますがね。
世話焼きおかんめ!
とまぁ、それは内心におさめておこう。
「あ、でもななしくんの親御さんには申し訳ないよね。夕飯をうちで食べるんじゃ、家でご飯食べられないでしょ?」
まさか底なし胃袋に見えるななしくんとて、夕飯食べてその後すぐにまたご飯……というわけにはいかないだろう。
そう続ければ、底なしってなんだよと文句を言いながらお茶を一口飲んで湯呑を座卓に置いた。
「うち、両親共働きだから。姉は一人暮らしで家にいないし、飯は朝の内に母親が準備してくれるんだけど結構大変だからさ。助かるって、反対に喜んでた」
「そうなの? ななしくんは、料理しないの?」
「無理。前に玉ねぎ切ろうとしたら、包丁入れた途端すっ飛んで行ったことがあってさー。やらないで下さいって、両親からお願いされた」
……どんだけ、不器用。
何でもできそうなななしくんの弱点を聞いたみたいで、なんか楽しい。
「それならよかった。ななしくんはあれだけど、ご家族の方には申し訳ないし」
「俺があれってなんだ、あれって。崇め奉れ」
そう不機嫌そうな声を出しながらも、その目は心配している人のいろ。
ふっと、心が温かくなる。
「優しい子に会えて、おねーさんは嬉しいよ」
素直にそう言えば、驚いたように目を見開いてすぐ顔を逸らした。
でも、耳が赤いから照れてるのバレバレだよ。ななしくん。
可愛いその反応に思わず笑えば、ご飯の上におかずが追加されました。
……勘弁してください。
山盛りにされたおかずを凝視しつつ、ななしくんの助けが入るのを待ってみるけれど今度は無視するつもりらしい。
ならば。
「ななしくんのおかんスキルって、やっぱ性格なんだね」
「なんだよ、いきなり」
突然の話題転換に、不思議そうな表情を浮かべるななしくん。
「だって弟妹がいるから世話焼きなのって前に聞いたら否定しなかったくせに、ホントはおねーさんなんじゃないの。そこでおかんは培われないでしょ」
しまった、と顔を歪めるななしくんを見て、すっきりしました。
あー、楽しい♪




