私、後釜狙ってます! あっけなく。
変態がいなくなった部屋に残されたのは、私と原田主任の二人だけ。
しんとした空気が、この部屋を支配している。
穏やかで静かで、でも何かの意識を孕むような。
「……今日こそはと、思ったんだけどな」
そこに響く、一つの、諦め。
今日こそは「何か」を成し遂げようとしていた原田主任の、……諦めの言葉。溜息までオプションでつくくらいの。
……まだ待たせる気?
変態の言葉が、どこか落ち着いていた私の心をゆっくりと揺さぶった。
まだ、待たせる……何を?
ううん、何をなんてわかってる。
原田主任が今日こそは成し遂げたかった、その「何か」に直結するものなのだろう。
なら――
「……原田、主任」
こくりと唾を飲み込んだ私は、やっと声を出すことができた。その刺激からか、目覚めつつあった思考と体が一気に覚醒する。顔を上げた視線の先では、驚いたように原田主任が目を見開いていた。
「原田主任」
もう一度名前を呼ぶと、ぱちぱちと瞬きをしてようやく口を開く。
「起きたのか、八坂さん。具合は大丈夫?」
そう言いながら少し離れたところにあるペットボトルの水を手に取って、私の傍らに置いた。
「シャンパン飲んでそのまま潰れたから、少し驚いた。寝息たててたからホッとしたけれど」
いつもより柔らかい口調に、嬉しさが湧きあがる。例えそれが、彼女さんと一緒に住んでいる家にいるからだとしても。
あぁ、やっぱり。
やっぱり原田主任が大好きで。
原田主任が残念に思おうと、今日ここにお邪魔したのは私的には大成功で。
運は私についているような気がして。
だから、だから。
「原田主任、好きです」
言うべき時だったような気がしたけれど、本当はそんな言葉を言うべき場所でもなく言うべき言葉でもなく。そんな事はわかっていたけれど、それでも伝えたいと思ってしまった。
じっと原田主任を見つめる。会社でも、こんなに見つめたことないんじゃないかってくらいの熱視線をひたすら向ける。私の態度でバレバレだったと思うけれど、はっきりと気持ちを告げたのは初めてだ。
なんで今? と、きっと驚いたに違いない。
原田主任はたじろいだ様に眉を潜めて視線を微かに彷徨わせた後、ゆっくりと私を見た。
「ありがとう。でも、ごめん」
原田主任は言い切った後に口を真一文字に引き締めて、ただ頭を下げた。本当に端的で、想像のついた言葉。生真面目な、短い返事。
分かってた。
どんなに邪魔しようと、きっと無理だろうということは。
その融通の利かない真面目なところに、惹かれていたんだから。
ここで私の手を取る原田主任は、私の好きな原田主任じゃない。
そんなこと、わかりきってる。
でもそれでも私はこの気持ちを知られることなく、原田主任が手の届かない人になってしまうことを心底恐れたのだ。
そんなことになったら、この想いは終われない――
「今まで散々付きまとって、すみませんでした」
ちゃんと告げられたから、ちゃんと知ってもらえたから。だから、今がきっと終わる時なんだと思う。ここまで頑張った自分の為にも、ここまで煩わせた原田主任の為にも。悔しいけれど、それでもどこかすっきりしている自分がいる。原田主任には悪いけど、多分自分がやりたいようにやれたからかもしれない。
……我儘だな、私……って今さらか。
「いや……」
気まずそうに否定の言葉を零した原田主任は何かに驚いて反射的に右手を私に伸ばしたけれど、それでも私に触れることもなくその手を下ろすと微かに口端を上げた。
「我儘な妹ができた気持ちだった。我儘な姉がいるだけに」
「それ、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないんですけど」
思わず声を上げて笑えば、出そうになっていた涙は目の奥にひっこんだ。
悲しくなんかない。
だって後悔してないから。
迷惑をかけまくったけど、どうしても伝えたかった。頑張りたかった。
そうでもしなきゃ、次の恋に行けないもの。
でも。
「待たせすぎると逃げちゃいますからね、彼女さん。その年でヘタレはまずいでしょ」
後悔してないからこそ、しおらしくなんてしてやんない。
私の言葉に少し驚いたように瞬きを繰り返した後、原田主任は肝に銘じとくよと笑ってくれた。
そして私の恋は周囲を振り回したわりに、想像通りその結末は短時間で終わりを告げた。
基本猪突猛進な八坂さんは、満足すれば諦めるタイプ☆
周囲は振り回されて大変www
あと2話で終わりの予定です――




