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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
番外編

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とある大晦日のふたり。-1

思いついて書いてみて、何とかセーフで年内投下。

最後のオチが書きたかった(笑

バイトを終えてアパートに帰ってくれば、なんだかよく分からない塊が自分の部屋の前にうずくまっているのが遠目に見えた。

思わず踵を返そうとしたところで、動きを止める。


「……アオ、か?」

俺のその声に顔をあげたその塊に見えた人物は、阿呆のアオだった。







「いや、あんた本物の阿呆だろ」

「……ななしくん、冷たい……」

「冷たいのはあんたの体だ。ほら、早く入れって」


駆け寄って体を引き上げれば、思わず悪態をつきたくなるほどアオの体が冷たくて。

ポケットに突っ込んでいた鍵を慌てて取りだして、部屋のドアを開けた。

「お邪魔します」

「阿呆か」

んなこと律儀に言ってる暇があったら、中に入れ。

後ろからアオの背中をぐいぐい押して部屋の中に押し入れて、俺も靴を脱いで後に続いた。

「まだあったまるまで時間かかるから、少し丸まってろ」

着ていたダウンコートを脱いで頭から被せれば、もぞもぞと中で動いて、ひょこっと頭だけのぞかせた。


「ななしくんの匂いだー」

「変態」


アオの阿呆発言を一刀両断して、エアコンのスイッチをおしながら厚手のカーテンを片手で閉める。

歳の瀬、大晦日。

既に夜の十一時とはいえ、外の人通りも多い。

いつもより長く営業している店の電気も、辺りを明るく照らしていた。

それを目の端に捉えながらカーテンを閉め切ると、部屋の電気をつける。

今まで外からの明かりでうすぼんやりと見えていたアオの顔が、明るく照らされて。



「……」



俺の機嫌は光速で下降した。



無言で風呂場に行くと、ざっと洗って湯を溜めはじめる。

その音で気付いたのだろう。

アオはぎゅっとコートの前を書き合せながら、ほやんと笑った。

「お風呂入るの? バイトお疲れさまだもんね」

「あぁ、入るよ。俺じゃなくてあんたがな」

「……は?」

俺は言葉を交わしながら、廊下にこじんまりと作られている台所スペースに立った。

「私? なんで?」

マグカップにティバッグを突っ込んで、少し水を入れて。

冷蔵庫から取り出した牛乳を注いで、電子レンジに突っ込む。

ブーン、と音が響きはじめる。


「なんでじゃないだろ、阿呆だろ」

「ねぇななしくん。さっきから、あんたとアホしか言われてない気がするんだけれど」


むすっと口を尖らせるアオを一瞥し、ぴろぴろと温め終了のメロディーが流れだした電子レンジからマグカップを取り出してそれをアオの前の床に置いた。

「熱いからな、すぐ手に持つなよ」

「……馬鹿にしてる……?」

「馬鹿にはしてない、阿呆だとは思ってる」

「アホアホ煩い」

アオはゆっくりと手を伸ばしてマグカップを持とうとして、すぐに手を引っ込めた。

マグカップには取っ手というものが付いているのだが、湯呑やグラスに慣れきっているアオは取っ手を持たず両手でカップ自体を包み込むようにして持つ癖がある。

そして今も。


熱い……、と呟くアオの手を持ち上げる。


「……こんなに冷たくなるまで、外で待ってたのか」


アオの顔は、真っ白……いや頬だけは異様に赤いけれど、だからこそ対比で余計白く見えるのかもしれないけれど。

それでも、通常より白い肌は唇の色さえ赤よりも紫よりにしか見えない。


「せっかくの大晦日だから、ななしくんと一緒にいられればなぁと思って」



就職活動も終わっていた俺は、バイトにいそしんでいた。

大学二年の時に始めた一人暮らしは、もう二年は経つ。

アオは在学中からフリーで文芸や絵本のイラストの仕事を始めていて、大学を卒業した後も順調に仕事をこなしていた。

そんなこんなでお互いに忙しい年末、ここの所、携帯で連絡をとるくらいで会うのは久しぶりだった。



「……携帯は」


アオの言葉が嬉しいとか、とりあえずそれは置いといて。

アオは、ぱちぱちと瞬きをした後、目を徐に逸らした。



……忘れてやがったな……。



ぴくりと眉間に皺を寄せると、ぐにぐにとアオが指先を押し付けてくる。


「眉間に皺寄せたら、そのままあとついちゃうよー。オカンがオトンになっちゃうよー」

「どっちでもねぇよ」

なんて阿呆なやり取りとがくりと肩を落とすと、風呂場からちゃんちゃらと湯張終了の音楽が鳴りだす。

大きくため息をついて、アオの腕を取った。

「いいから、体温めてこい」

「え、ホントに私はいるの?」

「風邪ひきたいなら、そのままいれば」

そう言いながらも、立ちあがらせたアオを脱衣所に連れて行く。

「適当に服貸してやるから。温んでこい」

脱衣所に立ったアオが出ていこうとした俺のシャツの裾を、くっと引っ張る。

「ねーねー、一緒に入る?」

「阿呆か!」

その勢いのままドアを閉めると、中からアオの笑い声が聞こえてきて腹が立つ。

ふざけて言いやがったな、本当に入るって言ったらどうすんだ。

その時になって慌てまくるだろうアオを想像し……、理性でかき消した。



ドアの前で深く溜息をついて部屋に入ると、徐にクローゼットに手を伸ばす。

アオの服が置いてあるとか、そういう恋人仕様の部屋じゃない。

泊まっていく事さえ、稀。

それはひとえに忙しいアオと学生の俺の時間が、中々合わないから、であるけれど。


クローゼットから厚手のトレーナーと短パンを出して、脱衣所にある洗濯機の上に置く。


は? シャワーの音? すりガラス越しのシルエット?




「……」




……3.141592653589793238462643383279...


円周率を無心に心の中で呟き続け、危険地帯を脱出する。

ドアをきっちりかっちり閉めてから、息を吐いた。



「ふぅ」



……あぶねぇ



何が危ないとか聞くな察して(懇願





暖かくなってきた部屋の中、とりあえずまだ首もとに巻いていたマフラーを取って腰を下ろした。

まだ温まっていないラグが、じんわりと冷たさを伝えてくる。

部屋の中でさえこんなに冷えている時に、自分を待っていてくれたアオを愛しいと思うと同時に理不尽な怒りもわいてくる。

もし自分が帰ってくる前に不審者が来たらどうするのか、とか。

これで俺がバイト残業だったらいつまで待たせる事になったのか、とか。

大体において――


「なんか、あったんだろうな」


こうやって、連絡もなしに会いに来る時。

それはアオに、何かあった時。

一人で抱えられなくなると、こうしていきなりやってくる。

それはまだ俺が受験生だった頃、コンビニで仲のいいカップルを見て寂しくなったと駅で待っていた時もしかり。

それ以外にも、今までに何回かあった。


……今回は、何だろう。



ベッドに背をつけて、足を延ばす。

ワンルームに廊下にちまっとついている台所とバストイレ別のこの部屋、大学二年の時に一人暮らしを初めてから二年も住んでいれば愛着もわく。

けれど――



「ななしくん」


そこまで考えて、ドアの開く音と共に聞こえてきた声に顔をあげた。


「……さ……、3.14……159265358979!!」


「は、へ?」


いきなり円周率を叫んだ俺に瞬きを繰り返したアオが、不思議そうに首をかしげる。

俺は誤魔化すように立ち上がると、アオの横をすり抜けるように廊下に出た。

「なんでいきなり円周率?」

「大学で使うから!」

そのまま風呂場に逃げ込んだ。



「……私使わなかったけど」


アオの呟きを耳にしながら、脱衣所のドアを閉めた。






――俺も使わねぇよ





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